毛鉤釣りからテンカラ釣りへ Ⅰ 

Changes from kebari fishing to tenkara fishing 1

先ずは爺の戯言から ———————-

昨今のFF業界の衰退(カモ発言)と海外でのtenkaraの動向・・・?
釣振興会が今や釣具振興会ではその存在意義も不思議?
害魚指定で今後が無いバス釣りで潤った釣具業界の次の金づるは?
暫く釣雑誌を見ていない間に色々とおかしな事になっていると思われます
そもそも釣り業界は不況でも却って安定していたはずが
お先棒担ぎの釣り雑誌も巻き込んで販売不振らしいのは自明の理
ウェブサイトの時代だからの言は自身への評価が過大すぎる
メーカー主導型釣具販売促進記事満載広告雑誌を誰が買うのでしょう

・・・FF釣法の衰退
種類の多い釣り方を型に嵌め込みそれを操作することで
利益を得るのが釣り商売の常道であっても
その役割を果たす旗振り役の選任の悪さと立役者不在
欲望に夢を与える水商売と同じ釣業界がそれを忘れている

・・・根っ子が抜けている
史実に残るフライパターンなら判り易い
日本の釣雑誌で掲載された全てのオリジナルとするパターン
そのほとんどが100年以上前の概出パターン

・・・最近の本末転倒の笑い話
鎖国時代の出島の様な存在のFF釣法釣雑誌に
クリンクハマータイプなりクリンクハマースペシャルが掲載された時
それ以前から有るクリンクハマーと何方が優れているとかの話でも無く
某パターンの真似と騒いだのは日本だけと記憶する
オストリッチハールも同じく100年以上前から・・・

・・・逆さ毛鉤も同じ
岐阜の益田川流域でしか使われていなかった特異な毛鉤
1959年の発行「渓流釣り」の毛鉤釣りで紹介されても
その時は本流用であるとか形が珍しがられた程度
1986年発行の「テンカラ正統逆さ毛バリ」で認知された後
富士流逆さ毛鉤で全国区という程度のまだ新しい毛鉤パターン

全国区になった富士流逆さ毛鉤

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富士流逆さ毛鉤 真似

それが今では各地に古くから伝わる伝承毛鉤として釣雑誌に紹介される
某氏の逆さ毛鉤ですら富士流の色違いでも古来からその地に伝わる伝承毛鉤らしい
・・・FLYでも忌み嫌われて蔑まれた手法
海外ではその某氏の名前が逆さ毛鉤のパターン名に擦り替わる不思議
解説者が海外では日本を代表する毛鉤釣り技術保持者になる不思議
今は仮面が剥がれたのかプレゼンターの位置に潜む
釣雑誌の自画自賛と同じく誰がそれを認めたのかも判らない
同様に立役者も釣具メーカーの後押しが無いと浮き沈みが激しい
現在ダイワが推奨するネオ・テンカラ釣りも
釣り雑誌で渓魚は0.2秒が大流行りの時代に堀江渓愚氏が提唱
フライライン仕様とFLYを使う事で受け入られずに終わる
これも
日本の渓魚はFF釣法では釣れないと真顔で釣雑誌が喧伝した時代
すぐに同じ出版社でFF釣法専用の本が創刊された落ちまで付ける

初代テンカラ釣り提唱者の各名士が石のシャッポを被りだすと
その下に潜んでいた魑魅魍魎が蠢き出す・・・

———————————- 以下 本題

毛鉤釣りからテンカラ釣りへ Ⅰ

戦後の復興期から落ち着きと先行きが明るくなった1950年代
手軽な娯楽として釣りがブームとなりました

その当時の時代的背景として
1953年に渓流魚の養殖技術が確立されて
それまで続けられた渓流魚の循環型職漁自体が終焉を迎えました

・・・循環型職漁とは
限りある渓流で漁を続けるために種沢を守り生育域拡大のため
釣り上げた魚を滝上は勿論のこと山すら越えて運ばれました
これが「岩魚、山を登る」と言われた由縁です
雪の有る時期であればその雪を使い仮死状態にした岩魚は
優に半日程度は生き残る強靭な生命力を持っています
新たな漁場は隠し沢として漁獲量の確保をしています

主を失った渓流は釣ブームの舞台として開放されたようなものです
その頃は各内水面漁協の渓魚の保護育成が今の様に機能できていませんし
数釣を目的とした釣り自慢の自称名人が跋扈し根絶やしにされた渓も出ました
魚籠一杯の木っ端山女魚を釣り雑誌がべた褒めして掲載するなど
当時の釣り雑誌は如何に効率良く数を釣るかが記事の主体です
その頃鮎釣りも盛んに喧伝されて地域の漁協も稼ぎ時でしたが
高度成長期を迎えて水質悪化が進みました
当初、尺鮎が釣れるとされて全国区入りした釣り場も
一日川に浸ると痒みが止まらなくなる様な水質の為に
旦那衆の今で言う所のゴルフ交際の様な存在の鮎釣りでしたが
徐々にこの辺では廃れていき今では行われていません
その為海釣りと山釣にはっきり分かれたのも仕方が有りません
山釣りに変更された方々も増えて第二期渓流釣りブームを迎えました
職漁師の釣り方である毛鉤釣りならもっと釣れるだろうと
毛鉤釣りに注目が集まりましたが
それを行っていた職漁師自身がその漁場に合わせての独自の釣り方ですし
巷に溢れた釣人達の山と魚に対しての礼儀も無く
山釣りへの矜持も持たない振舞いを見聞きしていましたから
易々と口を開くことはありません
大事にしている馴染みの漁場を釣り以上に荒らす人間に答えられますか?
その点は釣人として誰もが共感できることと思います
各地の手練れが大事な自分の持ち分を山荒らし相手に語る必要も有りません
伝承本に出てくる人物が客商売絡みになるのはそれも商売だからです
客商売絡みでもお客様相手のお付き合い程度で終わります
田舎の萬家なら何処でも売物の毛鉤は置いて有るのが普通ですが
売り物の毛鉤は自分と仲間達が使う毛鉤と同じで有る訳が無いのが当然です
垣間見の余所者は釣りに同行しても、売物の毛鉤を見ても本質は理解できません
本質を理解出来ないから門外不出とか謎とか幻で誤魔化すしかありません

・・・風土的背景として
良く聞く「山はみんなの物」・・・
釣りに関係する山は特にですが国有林は意外と少なく
殆どが個人の山の方が多いし地域で管理しているもの
そこに至る道路も個人で切り開かれた林道も多いし道普請は地域総出で行うもの
民有地だからこそスキー場開発や観光開発が出来るのです
スキー場で有名な斑尾高原は今でも地主が山のほとんどを所有しています
水源地も同じくその下の流域も川普請でそこの地域の力で守られています
志賀高原を乱開発と水源地汚染から守ったのは国でも県でも無く
地域組織の和合会の方々のお陰ですしそれが雑魚川が再生した最大の要因です
地域で川割り・山割りとして自前で管理したからこその背景です
お町の様に責任も含めて全て他人任せでは有りません
・・・考えの根本が違います

・・・意識的な違い
昨今のデジタル一眼レフカメラ流行りでの話
こちらにすれば砂利道でも車がすれ違えられる立派な生活道路
このど真ん中に三脚を立て5~6名程度の撮影会に出会う頻度の多さ
曲がりくねったカーブの先が見晴らしも良く却って多いの辛い
停めた車も端では無い中途半端な場所
都会程交通量はないけれどもそれでも地元にすれば生活道路
自然は皆の物だろうがそこは道路の上
レジャーシートの用意までには恐れ入る
経験を重ねたであろうご年配が多いのも常識の違い

・・・牧場への連絡道
遊歩道代りに使われているからか観光客も多い
でも表示してある看板は熊出没注意
それも丁寧に通る時は銅鑼を鳴らせと書いてある
これはシャレで立ててあるわけでは無い
れっきとした昔から有る熊の通り道
それも今、熊とすれ違ったばかりの小道
そこを犬と渓を釣り上がり帰り道に使う
確かにリードを附けていないこちらも悪いのだろうが
それを見咎めたご年配のご夫婦のダンナさん
奥さんが犬嫌いなのもこちらの犬が大型なのも合わせご立腹
でも今、貴方が安全なのもこの犬が熊を追い払ったから
しつけられた猟犬と野生の熊とどちらが怖いかは自明の理でも
お町の常識と山の常識は違うようだ

お町の常識と山の常識はさておいて
一方、仲間として認められれば何でも詳しく教えるのが伝承です
話す本人すらそれを伝承として伝え聞いた当人ですから自身の責でも有ります
(伝承とは伝え聞いた者が次の者に伝える事まで含まれます)
それは仲間としてお互いの安全と命と獲物を守る為です
それだからこそ山の獲物は頭割りが行われています

それ以前には紹介されていない剣羽根の巻き方やら剣羽根の下拵えに
釣雑誌に秘伝とされる位の記載しかない山繭胴を紹介できるか
後追い掲載された根っ子が抜けている記事なり話を見れば
却ってご理解できるかもしれません
剣羽根毛鉤の下拵えは頭を小さくする為では無く丈夫にするため
山繭を煮ずに解すのも濡れたら締まるその性質を生かして丈夫にするため
山繭胴とゼンマイ胴も下巻きに金糸銀糸を巻く事は
濡れたら透けるその素材の性質を生かす為
何より山繭胴は素材自体が水の中で輝く・・・
それは流れの速い山岳渓流で魚を誘う

今でも毛鉤釣りは金にならないから止めてくれと真顔で言った
釣具屋の店主の顔が浮かびます
外来のFF釣法ではない各地域に根付いた毛鉤釣りだからこそ
今の衰退したFF釣法なみに食い物にされなかったのですが
そんな毛鉤釣りがテンカラ釣りとなり海外で広まった途端
次の食い物にしようとする動きが見える様です

巷に溢れる「伝承-風-毛鉤」の風が付く
幻を売り文句とする正体不明の売り物の毛鉤
釣り雑誌まで合わせて喧伝する自称プロまで
伝承・幻・職漁師等の単語で誤魔化す有様は
宛ら今の釣り業界を映し出す鏡の様

以後、加筆修正を行いながら続きます

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毛鉤釣りからテンカラ釣りへ

・・・川立ちが川で果ても川は変わらず流れる・・・

毛鉤釣りからテンカラ釣りへ Ⅰ ” への2件のフィードバック

  1. はじめまして、投稿内容には激しく同意するものです。我国にFFが導入された際、五里霧中、暗中模索だったとは思いますが良い意味で「貴族の釣り」との認識は有ったかと思います。貴族….と言えば釣りに貴賤などなく語弊ありますが「何でも有り」「釣れれば何やってもいい」ではないんだという高い意識という事ではと理解しております。それでも初期段階でFFを啓蒙活動した諸氏までは良かったと思いますがその次世代が本質を曲解し曲がった方向に更なる次世代に導いてしまった事が問題の本質だと思います。
    私は道東に暮らす者ですが嘆かわしい事が有ります。それは某湖において予めワカサギを漁協で購入しそれを浮かべたボートから「撒き餌」しドライワカサギなる奇天烈極まりない毛鉤?の様なもので釣っている輩がいます。これらをやらかしているのはそのメソッド?の提唱者と仲間達軍団御一行様といえば皆が知る処だとは思います。
    呆れるを通り越し意味不明、故芦沢氏が「FFは曲がろうと思えばどこまでも曲がってしまう…」旨を生前仰っていた事が思い出されます。仏創って魂入れず….本質を理解しないのなら日本の作法を曲げる外国人力士の事を批判する事など出来ないと思いますが…..

    いいね: 1人

    1. ご訪問頂きありがとうございます

      FFという新しい釣り方と美しいFLYを理解してどう愉しむかという
      とても楽しい時間を共に過ごせた方からコメントを頂き恐縮しつつ感謝しております

      ブログとはいえこのような記事を投稿しても良いのだろうかと
      下書きのまま逡巡しておりました
      ヒデ様のお考えと同じくこれは個人攻撃ではなく
      現状に対して疑問に思う気持ちの表われです
      思い入れがあるからこそFFを選択した者が感じる寂しさとも思います

      これから釣りを始める方や興味をお持ちの方々が
      現状のFFから始める事が出来るのだろうかと感じますし、
      それが果たして楽しい釣り方なのかと思う気持ちで投稿させて頂きました

      テンカラ釣りにしても海外から注目を浴びて10年になります
      彼の地の状況はまるでFFが導入された後の今の日本と現在は同じ状況になっています
      悲しい事ですがそれに加えて
      操作された情報が本筋であるかのように紹介され
      それがtenkaraとして日本に逆輸入されています
      FFもtenkaraも同じく、
      疑問を感じる立役者と釣具メーカーに操作されているのでしょうか?

      毛鉤もフライも本来は美しい物だと思いますし知恵と経験の賜物ですが
      現状はどうでしょう
      勿論、人様々な楽しみ方を否定する話では有りませんが
      逸脱されたものが多いのには辟易します

      全ての釣りも本来はもっと奥深く愉しみ深い物を感じながら
      行う事が出来るものだと思います

      フライと違い毛鉤は日本各地に根付いた物ですから
      その地にとっては幻では有りません
      それを逆手にとって捏造された様なアンフェアな情報は
      対価を払う釣人に対し失礼な事です
      ましてそれすら理解出来ない方が立役者ならば曲解を超えて不様です

      コメントを頂き嬉しさの余り言葉を選ぶ事ができません
      ご無礼を承知の拙い文章では有りますが
      以後もご笑覧いただけますようお願い申し上げます

      いいね

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