「おまじない」の類の話

秘術・奇術・若しくは「おまじない」の類の話

予想外の天候不順と渇水に増水の両極端な漁期が終わり
今は全て来季に向けての準備の始まり
毛鉤とフライ巻きの時期が始まる

毛鉤は形だ、色だ、煌めきだと言いながら
何故か理由も判らず効果を感じる素材
そんな素材の一例としてブルーイエローマコー
見る角度によって色変わりするとか質感がとか
こじ付けの理由なら言えるけれど・・・

ご禁制品で国内流通は自家生産物に限る素材
・・・換羽といって抜け落ちた羽根を使う

極楽鳥の様なもんだと最初には説明された鸚鵡
表はスカイブルーに裏は鮮やかな黄色
フルドレスサーモンフライのホーン用に使う
テールともなれば信じられないほどの高価な素材
・・・ジャングルコックの神話も有りました

信念針や當針とはちょっと異なる毛鉤

そこにカケスの羽根を剣羽根毛鉤の様に巻く
余りにも勿体無さ過ぎて使えないけれど
毛鉤箱に入れておくと何故か安心するお札の様な毛鉤

おまじないの類の話

旧妙高高原町の爺様の頼みで川案内
釣り客ならばこその扱いでも
意外と有名人が居たのかもしれない
その当時であれば超貴重品の
ホフマンのグリズリーやら
外国製品のバンブーロッドに古めかしいリール
本を書くのに長逗留する客もいたらしい
日光では湯川では、なんて話がざらでも
頭でっかちの話ばかりで・・・
端から在郷の毛鉤なんて問題外
その当時のこちらの毛鉤釣りは
餌用の延べ竿に提灯毛鉤か
長くても竿尻までの道糸3号に針素1.5号ヒトヒロ
下手をすればそこに錘まで付ける
使う毛鉤は東京袖11号の針に巻いた芋虫毛鉤
針先を隠さんばかりの蓑毛の長さが
尚更、毛鉤を大きく見せる
無理も無いかと自身でも思ってはいた

釣れる釣れないの話以前に
短い蓑毛の小型針には憧れが有った
釣雑誌にはその当時でも違和感を覚えて
洋書屋さんから原書を取り寄せても
・・・絵図が無い!
テキストだらけで想像するしか手立ても無い
FF釣法のフライについて必死に調べはしたけれど
様々な毛鉤を巻いて魚の反応を楽しむ事が一番

そんな当時のおまじない・・・

長い蓑毛を親指の爪先と人差し指の腹でしごく
強めにしごくと蓑毛が内側にカールする
腰が強すぎる蓑毛より何故かこの方が釣れる

「おまじない」・・・
超人間的な力を、人力で操作しようとする術
ただの気休めや呪文の意味で使われることもある

蝮胴にブルーイエローマコーの荒巻なんて毛鉤なら
それこそ”Omajinai-Kebari”かもしれない

ハーディー社の竹竿
ワインディングスレッドが緑・・・昔のドライフライロッド

これらも御まじないの類かもしれない

DSCF6112
ハーディー社 バンブーロッド&シルクライン

定番の9f3iから10f6iまで
今なら太くて長くて重くて物好きですら敬遠する代物でも
愉しみは深いと思うし造り出すタイトなラインは美しい

来季に向けてお祓い代わりに試し振り(笑)

以下爺の戯言 —————————–

釣りは文明?釣りは文化?

道具の進化は文明の賜物であってもそれは数を釣る為
何故、釣をするかともなるとそれは釣り文化に行きつく
対象魚に対し仕掛けを吟味し各地で独自に進化もする
対象魚では無い魚ともなれば「外道」として恥じる
釣魚を食べる以上にその釣り姿と釣れる魚を愛でる美学
なぜ釣れたのかを分析して解釈し新たに仮説を立てて
実釣で検証しそれを知識として蓄えるともなれば科学
逆説的に言えば食べる為だけに釣りをするわけでは無い
数を競い大きさを競うだけでなく釣りそのものを愉しむ
自然とそこに棲む魚に対する畏怖と畏敬には修道も伴う
そんな事を漠然と信条としていた頃に出会った言葉
「初めは魚をつり 次に自然や名勝旧跡や人情風俗をつり
やがて健康を土産とし 終わりに人の和を知る」
・・・関西釣り界の大御所 龜山素光氏
還暦で「人の和」を釣りこなすことがつりの頂点と悟り
晩年には「川を見る事で魚を釣った至福の境地」に至る
・・・なんと豊かで滋味溢れる言葉でしょう