温故知新

Oliver Kite・・・オリバー・カイト

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Oliver Kite・・・オリバー・カイト

チョークストリームの先達
Kite’s dry fly patternsの考案者
Kite’s Imperial
Kite’s Sepia Dun
Kite’s Apricot Spinner
Kite’s Pale Evening Dun ・・・
友人のFrank SawyerがPTNを作成する際に開発したテクニック
・・・アブドメンの材料をソラックスで二重にする

フローティング・ドライフライのデザイン
・・・この言い回しには訳が有ります
Kite’s Hawthorn Fly

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Kite’s Hawthorn Fly

フック・・・#13または14
スレッド・・・ブラック
ボディー・・・ピーコックハール
ハックル・・・ブラックコックハックル
リブ・・・ファインゴールドワイヤー

ハックルは和製R.I.R・・・軍鶏(写真では赤味が強く出ました)
ロードアイランドレッド(Rhode Island Red)

Kite’s Sedge Fly

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Kite’s Sedge Fly

フック・・・#12または14
スレッド・・・ブラウン
ボディ・・・フェザントテール
ハックル・・・ロードアイランドレッド

・・・作例はハニーダンの斑入り

日本の川に合わせてみました・・・

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Hawthorn Fly & Sedge Fly

小さいサイズなら、まるでGriffith’s Gnat ・・・
Created by George Griffith, a founder of Trout Unlimited.

雪が舞う長野ではタイイングシーズン真っ最中です
・・・Sai-river spinnerを添えてみました
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Frederic Halford(Fred Hyam)
・・・Test and Itchen the high priest of dry fly purism

FLOATING FLIES AND HOW TO DRESS THEM1886より

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ドライフライの一遍

GEM SkuesとFrederic Halfordの論争は
友としてでなく、お互いの立場を踏まえての論争であるし
Frederic Halfordの死後、ドライフライ純粋主義者がGEM Skuesに
論争を吹き掛けたところで相手にもされないだろう・・・
スキューズニンフはドライフライであるとした考えまで及ぶと興味深い

実際にハルフォードが説くドライフライは水面上なのか
もしかすれば沈みはしなくとも水面に絡めた釣り方ではと・・・?
ハルフォードが重厚なハーディー竿を手にし
スキューズが軽快なレオナード竿で新たな釣りを描く

George Edward MacKenzie Skues
・・・“Minor Tactics of the Chalk Stream” in 1910
マイナーと名付ける辺りが考え深い

The Way of a Trout with the Fly 1921年発刊より

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en.wikipedia.org より

1917年の春 Lunn’s Particlularが発表される

GEM Skuesの水面下での釣りに影響を受けて
1950年代にFrank Sawyerが自身のSawyer’s Nymphを考案する

GEM Skues ‘Pheasant Tail Red Spinner’と
Frank Sawyer’ Pheasant Tail Red Spinner’が面白い・・・

英国のtraditional trout flyをどの年代で楽しむかは
ジョージセルウィンマリヤットやフランシス・フランシスに手解きを受けた
イギリスの外相・エドワード・グレイ氏なら判っているかもしれない
・・・
自分の趣味については控えめであるべきだ。
どこでそれを語るにしても、語る喜びを大切な宝物のように扱い、
いくら催促されても、全部をとことんまでさらけ出すべきではない。
・・・エドワード・グレイ「フライ・フィッシング」(西園寺公一訳)

これらの名士が愛したイッチェン川なりテスト川
ハーディー・イッチェン竿やホートン竿を握りしめて想うしか手立てが無い
戦前型が一番とするハーディー愛好家の好みは理解しても
自身の好みなら1950年代が実釣で楽しめる限界
しかし、フライの話は英語と片仮名だらけで頭が痛くなる(笑)

ご参考までに

Fly Fishing (1955)

古い西洋竿の説明

Oliver Kite・・・”Kites Country”

A day on the Itchen

この動画を探していましたら海外テンカラフォーラムの方から
リンク先と詳しい説明を教えて頂けました
Southern Television in the 1960’s.にて
撮影された今では貴重な映像でカイト自身が
この撮影の数日後に、テスト川岸で48歳の
短くとも実り多かったであろう生涯を終えました
・・・Thank you very much dwalker

that’s my Mum and Dad, wonderful days.

Oliver Kite was a real gentleman, my father knew him from Netheravon. He actually encouraged my Dad to pursue a career as a river keeper and as a result this film was made.
I made the sign on the gate you see in this film. The part of the river you see is from Easton bridge to Abbotsworthy bridge.My brother John refurbished the hut you see.
When the M3 route across the valley was announced the owner Gilbert Radcliffe sold up and my father was made redundant. Our home was gone as it went with the job.My father got that stretch of river from a mess into one of the best on the Itchen over many years for a wage of about £12 a week.
When my father died in 2003 i tipped his ashes along the bank and in the river that he loved so much…Chris Bishop.

 

英国式FF釣法

 

以下爺の戯言 —————

今迄、時代にそぐわないであろう古いパターンや
過去の素材の説明を繰り返してきたのも
ジェネティックハックルを始め新素材の開発は進み
毛鉤とフライの世界も最先端技術の賜物かもしれない時代だからこそ
強靭で細い針素はそれだけでもはや、釣人の勝利を招いている
サイズ#32のフライフックともなれば使う世界は限られるだろうが
究極の産物かもしれない・・・

自身の毛鉤もサイズ10号程から始まりはしたが
釣圧が高まれば6~7号に落とし
蓑毛を薄く、胴も細身にする
フライも#13が小さいサイズと感じていたら
いつの間にやら定番が♯15程度と小型化が進む
もはやハッチマッチ云々をフライの小型化が凌駕する
スタンダードパターンからパラシュートパターンへ
果てはテールも無くしたクリンクハマータイプ(KlinkhåmerSpecial)
煌びやかな化繊の束にリアルなニンフパターンの世界が広がる

明治時代に洋式フライと和式毛鉤の融合を模索した先達の言葉
東京銀座1丁目にあった針店「みすや針」店主 中村利吉氏

農商務省水産局の日本水産捕採誌 (1886年)中村利吉氏編より

第一節 鉤 ・・・より抜粋

或る説に蚊鉤は魚類の常に嗜好する真の羽蟲に擬造するに非ざれば効用少し、故に蚊鉤を製作するには其羽蟲の真に迫るものを製するに勉むと云へり。然れども此の説たる非なり。何んとなれば如何に精力を尽すとも真物と同しきものは容易に製出し得べきにあらず。若し真に擬して真を失うたるものは魚其真ならざるを看破して鉤に罹らず。故に強て真物に擬せんとするは是れ労して効なきなり。況や蚊鉤は其羽蟲を見て忽然之を食むか如きの魚を釣るに利ありて羽蟲の真偽を選むが如き余裕ある魚を釣るに利あらざるものに於てをや。夫れ斯の如くなるを以て蚊鉤は其形何の蟲とも名状し難き異様のものを以て却て宜しとす。現に釣漁の盛んにして製造者も熟練せる地の擬蟲鉤を見るに真の蟲の如くに作りたるものはあらざるなり。欧米諸国似ても亦種々の疑似鉤を用う。皆美麗なる羽毛を以て蟲形に擬したるものなり。然れども亦未だ真に迫るが如き製作のものあらず。而して之を実際に用ゆるに其彩色燦然たる美麗のものよりも強て外観を衒わざるもの却て利あるが如し。而して是等擬餌鉤の中本邦にては用ゆることなき大形なるものあり。鮭・鱒等を釣るに用うるものなり。此の種の魚は本邦にては釣獲すること至て稀なるが故に本邦にして初めて是等の鉤を一見する者は恐らくは奇異の観をなすならん。欧米人は之を「ポケツト」に納れ漁場に携うるが故に其形を扁平に作りたるもの多し。

先駆者・先覚者・研究者・釣人 全ての面での先達

別の視点から・・・

As Edmund Burke said
‘Those who don’t know history are destined to repeat it.’

・・・崇高と美の観念の起原・・・

騎士道の時代は去った
取って代わったのは詭弁家、経済学者、打算家たちの時代

チェルノブル・アントからチェコニンフ
今は生々しいリアルなニンフフライ・・・
ウェットフライにおいても煌めく化繊の束・・・
その時代々に変遷は有ったにせよ
昔の毛鉤愛好家にとっては
これは敗北ではなかろうかと思う

その中で今、
猛然と温故知新の波がウェブの世界で広がっています
凄い時代になったものだと感謝するしかありません

黒部毛鉤

黒部毛鉤

名人、遠山林平氏のカラス毛鉤を
「あんないいくら加減で巻いた毛鉤じゃすぐダメになる」
と言ってのけたのが
同時期に黒部で職漁を行っていた鬼窪氏
「あんな小せい針」とも・・・
鬼窪氏なり交流の有った曽根原氏は
共に針は「海津」・・・捻り付きの海釣用
黒の木綿糸に蓑毛は荒巻で3回転以上
曽根原氏の毛鉤は巻き終わりの羽根を尻尾にする
・・・蓑毛の腰の違いが・・・

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左ー曽根原氏  右ー鬼窪氏

サイズも今になれば大型すぎて笑うしかない
他の地区も皆、大型揃い
(秋山郷毛鉤はその当時では小型の6~7号)

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黒部毛鉤

・・・蓑毛は和製コッキーボンデュ

その当時の針を取り出して並べてみる

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上段・・・軽井沢狐・マルセイゴ型・東京袖・都型
下側・・・「海津」各種

号数は10号~9号
フライフックで言えば#4~6程度
・・・二尺岩魚なんて話しがざらの時代

以下爺の戯言 ———————————

毛鉤釣りは「マタギ集団」が伝えたとする記述が多い
それも70年代以降の本に多くなる
マタギから伝承されたとする秋山郷毛鉤すら
釣本では多いが民俗学なり地方史からの記述では・・・?
その大元である大秋山集落に残る平家の落人伝説すら
その話の源である武具・家財一切の財産を売り払っても
天明の飢饉で集落、其の物が消滅・・・

黒部もその昔は加賀藩直轄の立ち入り禁止場所
薬草採り程度は有ったにせよ・・・

大町山岳博物館に展示されている
当時に使ったとされる展示物の羽根にも疑問がある
あんな○○の羽根質では・・・
・・・そんな爺の戯言でございます(笑)

付記
のっけの話で失礼な取り上げ方をしたカラス毛鉤ですが
これはカラス毛鉤に対し云々ではなく、鮎たわけ様に対し
失礼な対応をした釣具屋の親爺さんに対した
それこそ手前勝手な気持ちの現われです(笑)

その顛末は此方のブログで・・・

長良川と郡上釣りの世界