Tup’s magic dubbing 番外編

タップ・マジックダビング・・・山繭編

おバカなことですけど・・・(笑)

山繭を色々と染色してきましたがピンク系は有りませんでしたので・・・

更にバフ色の山繭を加えて・・・

混ぜてみます・・・

所々に色の塊が・・・(笑)

更に混ぜ込んで・・・

先回のシールズファー編と比べると・・・

左側が山繭、右側がシールズファー

シールズファーも透明感が有るのですけど山繭は更に有ります

家蚕の繊維とは太さが違います・・・ベビーシールズファーと同程度

これを使って・・・鈎は旧式の「秋田袖」8号

鈎の形は綺麗です・・・

タップ風に・・・

ハックルから蓑毛に名称が変わります・・・

笠巻に・・・

淡黄色の花入に山繭胴、銀線を荒巻・・・

リマリックアップアイ・タップス・インディスタブル#16と・・・

毛鉤作りで遊んでいる訳では有りません、結構、本気です・・・(笑)

Tup’s Indispensable・・・Ⅲ

タップの作者、オースティン氏とスキューズ氏の関係はご存知でしょうから、余り紹介されていないSkues Tup’s Indispensableについて

スキューズ氏の助言によりマジックダビングが秘密にされたのもフライタイヤーであったオースティン氏とその娘さんの為ですけどそのマジックダビングも色々と変遷が有ったようで・・・

自作マジックダビング

ベビーシールズファーとかシールズファー各色が主体ですから濡れた時に印象が変わります

Skues Tup’s

長目の鈎でボディは太く・・・シルエット重視(スキューズニンフ K‐8 #15)

タップス・インディスペンサブルの初期型と共にスネック型で・・・

”Tup’s Indispensable”の私的バリエーション・・・

ハニーダンが指定でしょうけど、ハックルで遊びました・・・

スミス氏のフライはハックルのリストにブルーダンを強く感じて・・・

オースティン氏の娘さんと同じく希望のハックルが見つからず・・・(笑)

地色を変えると印象も変わります・・・

ハニーを強くしたり、ブルーダンを強くしたり・・・(笑)

フリンフフライで有名なハイディ氏のお気に入りなのも判る気がします

Tup’s Indispensable・・・Ⅲ 続編 ———-

ご厚意に感謝申し上げます

黄色味をモヘヤで加えまして、更にベビーシールズファーと細目の赤シールズファーを細断して・・・

相対的にピンキッシュグレーファーが少なくなり更に透明感が出てまいりました

陽の光の下では黄色味が更に・・・

毛玉がどんどんと大きくなるのを見ていると、何故か昔のフライ談義を思い出して懐かしいやら嬉しいやら、堪りません・・・ありがとうございました

リマリックアップアイ #16に巻いてみます

使うハックルは・・・リストがダン、中程がダン掛かったジンジャー、ティップがダン

ホフマン時代のサドルハックル・・・

面白いハックルです・・・

長年の有名なパターンだからこそ時代により巻き手により、変貌してきたのだと・・・

Tup’sIndispensable・・・ Ⅱ

有名なパターン「タップス・インディスペンサブル」

このイメージが強すぎて・・・

タップ・マジックダビングの話は慨出済みですし有名なところですから、少しだけ変わって来たことでも・・・その時々でピンクが強めだったり、琥珀色が強めだったりと、変わったりしていますけどね

シールズファー各色とか、ベビーシールズファー等の半透明な繊維を柔らかいピンクがかったグレーファーで纏め上げる基本は変わりません(実際にタップは巻き辛いと思います)

モヘヤからシールズファーへの変更も作者、オースティン氏自らとされています

流石に牡羊のタップとまではいきませんがピンキッシュグレーをベースにベビーシールズファーと各色シールズファーを混合・・・

牡羊の股間を覗いてはみたものの、ここら辺の牡羊には、そのピンクがかったファーが有りません、有ったらどうすると言う点も有りますが、それ以上に覗いているだけで問題になるかもしれません・・・(笑)

使う鈎は・・・

初期型に使用されたスネック型

この辺りが一番の変更点・・・タグとも言えない程度でバタークリーム色を覗かせて

ハックルはハニーダンよりも濃い目のサンディーダン

一般的な後期型「タップス・インディスペンサブル」のイメージから離れていきます・・・(笑)

ウェットフライ・パターンも・・・

Tup’sIndispensable・・・Early pattern

フリンフ・パターンとか・・・

有名な伝統的トラウト・フライも、どこまで遡れば良いのでしょう、使う鈎も最初期はスネック型、リマリックアップアイに変わり今は、ドライフライ用ダウンアイ・・・

フライボックスには昔から必要不可欠であることは変わらないのですけど・・・

タップスの凄いところはオリジナル製作者オースティン氏とその娘さんの親子二代で巻き続けられたところ

その娘さんは質の良いハックルが手に入らないので四枚のハックルのティップのみを使い、タップを巻き続けていたという・・・

ライトダン・ブルーダン・ハニーダン・サンディダン・・・・

四枚のハックルティップを使ってみたら厚くなるし、特徴的なダビング材はチラ見せ程度、何より使ったハックルの色が消えてしまう・・・いつもながらの今一足りないフライになってしまいました(笑)

当時のスレッドは細身でもゴッサマー絹糸かと思いますが、凄い巻き手と思います

「魚心毛鉤」の掲載に対して感謝の意を頂いた、鈴木魚心様の娘さんは、今もその「魚心毛鉤」を巻いているとお返事を頂きました・・・

「てんから毛鉤」の道標は今もなお、生き続けている事に感謝申し上げます

ピアノ鋼線製釣針について・・・

今も各地に残る打ち刃物製造技術は、日本最大の内戦である「応仁の乱」の戦禍を遁れた京の技術者達が日本各地に根付いて、釣具、農具をふくめた打ち刃物全般を製造していた・・・

有名処の秋田、播州、土佐、加賀だけでなく地元の新潟・長野の県境、信濃町打ち刃物(当初は砂鉄から刃物鋼を製造)も伝承は落人伝説と共に有る、そこからほど近い、新潟の高田には名工で誉れ高い「つんぼ」さんがいらっしゃる、例え名工でも個人商店のためその地域だけで使われ、有名処にはならなかった製造元も多い、同じような事が全国各地で有ったのだろう・・・(今もですけどね)

固有名詞として「つんぼ」ですから

聞きかじりなので良く判りませんが三代続くその、つんぼ作の斧やら鉈やら菜切り包丁、大工道具等は長野市内の金物屋でも扱っていたと聞く、実際に在庫品の中から数多く出てきてもいるらしい・・・

全てにつんぼの打刻が有るわけでも無いし、初代作は打刻無しも多い、高祖父の焼印が押されたこの鉈も、つんぼ作の特徴が有るらしいけど今でも道具として使い続けています

手間暇かけた当時の鉄刃物の中でも建築用金具の折れず粘り強い「和釘」は今でも貴重品として重宝されていますし、今や旧来の打ち刃物と共にコレクターズ・アイテムとなってしまいました

打ち刃物の一大変革として安来鉄鋼合資会社製造の安来鋼が誕生し、打ち刃物鋼は工業規格として均一化され安定した品質で大量生産が可能となったのですが同じ事が釣針に使われる鋼材にも有りました

それが工業規格で作られた「ピアノ鋼線」の誕生・・・1800年代後半、普及

海外からの(スウェーデン鋼等)輸入のみであったピアノ鋼線が1941年に日本で生産され、日本産業規格品となる

各製造所独自の技術で作られた釣針がピアノ鋼線を得た事で、製造量の確保が出来たのと同時に他所との違いの明確化が行われ、それこそ百花繚乱の時代だったのだろうと・・・今に続く製造元も有るけれどそれ以上に、今は亡き製造元の方が多い

播州を生まれ元とし岐阜に本拠地を定めた「重兵衛針」が製造していた「新アマゴ針」はそのまま、他社で「長良型」とか「アマゴ針」として製造されていたり、土佐の「丹吉針」も同じく「丹吉型」として・・・

安定した品質で供給されるピアノ鋼線の存在は、古来の鈎型の更なる洗練に繋がったと当時のピアノ鋼線製釣針を見ていると感じます・・・

釣針への各製造元の加工技術の違いもハッキリと感じますし、却って同じ素材で同じ型を作られていたからこそ考え方の違いとか鈎型の拘りが現れるのかもしれません

「一本選り」と書かれていても袋から一旦出して全てを捻り、焼きの甘さや焼き過ぎた鈎を除くなんてごく普通の確認作業は付物でしたけど・・・(笑)

一部だけの有識者で作られる今の釣針と、時代を経て釣人達の選択により残った釣針とどちらがと考えれば、針先一つとってもこのピアノ鋼線製釣針時代が堪らなく好きです

釣針と打ち刃物を同一視するのも無理が有り過ぎますが安来鋼を得て生産量を確保し林野庁御用達となり全国区となった打ち刃物メーカー製造品は各地の営林署の現場で使い勝手が些か不評、でも時代を経て、その製品しか無くなると、旧来愛され地域に根付いた地域独自の道具其の物や、その使い勝手の良さすら忘れられるという現実は釣針にもあるように感じます

パッケージから出してしまうと、どこの国のどのメーカーすら判らなくなると感じる今の機械製造の釣り針は計算上、昔の釣針より優れてはいるのでしょうが毛鉤を巻き付ける釣針は、今となればフライフックも含めて趣味の世界のものですから、それこそ手に入る、今のうちではと・・・(笑)

世界に顧客が広がった丹吉鈎はハワイに移住された方が使っているのを見た、現地の方々の好評を得てなんて逸話を聞くと・・・

地域で使われた伝統的な毛鉤も、その地で信頼された釣針が有ってこそと・・・

孔雀胴の様々

蚊頭針と毛鉤と山女魚毛鉤・・・

蚊頭針3号がフライフックで#18~16程度とすれば毛鉤と山女魚毛鉤は#11~9程度

大きさの比較としては、蚊頭針<蠅頭<蜂頭ですからこの毛鉤と山女魚毛鉤は蜂頭毛鉤のサイズ

孔雀胴の装いは・・・

「源流」・・・花入は赤絹糸

「鞍馬」・・・先巻き「赤茶色の羽根」、元巻き「孔雀」

「渓谷」・・・白色胴下巻きにピーコックソードを荒巻

「銀河」・・・花入に空色絹糸

「藤娘」・・・花入と中巻きに赤絹糸

「シャクナゲ」・・・花入に赤絹糸、蓑毛は胴に荒巻

蓑毛の色が製造元によって変わりますが本来は顧客の求めに応じてサイズ、鈎型、巻姿の指定が可能でした・・・(100年程前の商品一覧から)

中村利吉氏によると毛鉤は京都で作られ、やがて秋田、加賀、播州、土佐で作られるようになる、実際の蚊頭針、毛鉤、山女魚毛鉤は製造元が違っても名称とそれに伴う形は同じ、この分類に入らない毛鉤作りも各地で行われ博覧会にも出品されていた・・・

孔雀胴は鮎毛鉤にはほとんど使われていませんが、渓流魚には古くから多用されておりました、日本で最古の毛鉤図にも、孔雀胴の「蜂頭毛鉤」が出てまいりますが古式毛鉤の基は、孔雀胴に有るのかなと等と・・・もしかしたら京毛鉤に孔雀胴の洋式疑似餌が影響して・・・(笑)

何処かに「菜種針」の次の形として、その「京毛鉤」が残っていればと思うのです

挿絵から想像すると「宇川式」が案外と・・・(笑)

今でこそ孔雀は一般的に認識されていますが最初は推古天皇への献上品として日本にもたらされた貴重品・・・598年に新羅よりクジャクが贈呈されたという記述が日本書紀にあり、江戸時代に各地で繁殖され一般化

雀毛鉤 Ⅲ

ユスリカ、コカゲロウの次はトビケラ・・・?

オレンジ&パートリッジはカゲロウよりはストーンフライかもしれないと勝手に思っているのですけど・・・昭和初期に紹介された日光毛鉤「オレンジパートリッジの蓑毛を雌雉に変えたもの」なんて特に(笑)

岩魚域でオレンジパートリッジが効果的な時期とか、時間帯も一致している様な・・・

砂地の多いドックランで集めた雀の風切り羽根、プライマリーウィングからセカンダリーフェザー

昔乍らに羽根の外弁を使います・・・鈎のサイズに合わせてプライマリーとセカンダリーを使い分けます・・・

軸元ははダークダン、羽根先はジンジャー色、どちらも魚が何故か好む色・・・

使った鉤は「丹吉鈎山女魚6号」・・・

こちらは絹糸胴・・・

羽根先を使い3回転~4回転程度・・・羽根元は太くなりますから使いません

ボリューム的には・・・

オレンジパートリッジの蓑毛を雀に変えたもの・・・

ストーンフライに近づけてゴールデンフェザントのティペット胴

蓑毛の腰は流れに合わす・・・

今回は古式で巻いてみました

ベイティス・フライ

ミッジの次は・・・キャリーベイティス・フライ?

CALLIBAETIS Flyも聞かなくなりましたけど・・・(笑)

先回の澤田氏のフックをガサゴソしていましたら・・・

カーブドショートシャンク・ワイドゲイプ流行りのフライフックの真逆・・・ホッパー用ではございません(笑)

こちらの方が使われていた時代も古いし、期間も長いし・・・

床の間の掛軸も一旬早くと決められておりますから季節の先取りでも

キャッツキル・フライはストークボディが有名ですけど此方も・・・

ハックルに使ったクリームバジャーのリストの黒色がソラックス代わり・・・

今風にウォーリーウィングにしていますが、そのウォーリーウィング自体も古くなりました

「剣羽根毛鉤」には最適と、多用していましたし海外にも紹介していましたがその基がキャッツキルフライに有るとは、気が付いて頂けませんでした・・・

コックネックのサドル側を使ったボディは余り、紹介されていなかったのでしょうか?・・・コフィンフライ位かなと・・・ケースドカディスパターンにも有ったなとか・・・(笑)

ミッジフライ用フック

昔懐かし・・・

澤田氏のフラットミッジフック #22

和針で言う「カネリ」入り・・・!

バイスに挟むと鈎自体が向こう側にいきますからサイズとアップアイを含めて巻き辛い三重奏

鈎が綺麗すぎるので定番・・・

此処まで拘ったミッジフックには溜息しか・・・

真に擬して真を失うたるものは毛鉤に非ず・・・Ⅱ

なんとまあ、偉そうなお題目で失礼いたしました

その続編で恥の上塗りなんですけれど、菜種針に使われていたカナリアの羽毛

この黄毛が何とも言えない程に素敵なんです

菜種針に本来使われていたのはカワラヒワの黄毛ですが・・・流石に

胴は絹糸を確り巻いて照りを出します・・・

使った鉤は・・・ガマカツ C13-K #18

金玉にシケ糸で巻かなければその「菜種針」では無いのですが

ウェブまで巻き込んで・・・(笑)

ウェブまで巻き込む和式毛鉤は昔から各地に有りました

真に擬して真を失うたるものは毛鉤に非ず

ミッジフライの次はコカゲロウパターン・・・毛鉤は飛ぶ蟲に合わせる

色違いの山繭胴と元巻きは孔雀のハール

コカゲロウも種類が豊富ですから・・・(笑)

合わせる蓑毛も自家染色・・・(笑)

和式毛鉤にもミッジフライも有ればコカゲロウパターンも有ります・・・(笑)

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慨出済みですが「中村利吉」氏が果たした役割と毛鉤に対する知見について

日本最古の釣り指南書・・・何羨録 (津軽采女著 1723年)・・・陸奥国弘前藩主津軽家の分家 旗本・黒石津軽家の3代当主

「何羨録 」著者「津軽采女」について・・・

「此原書ハ或ル人ノ所蔵ニシテ正徳享保頃ノ時代ニ輯集シタルモノナル可ク其著者モ亦詳ナラス今ヲ去ル百八九十年ノ昔ニ成リタルモノナルカ故ニ不明且ツ漠タルモノヽ在ルハ止ムヲ得ス加之ナラス破損虫入等太タ多ク為メニ其字性ヲ失ヒタル箇所亦随而尠カラス併シナカラ此ノ如キ良書ハ固トニ得易カラヌモノナレハ毫モ補闕ヲ加ヘス止タ原トノ侭ニ書写シヌ」・・・明治二十一年(1888年)七月 中村利吉氏 記 (中村利吉氏は東京銀座、みすや針店主)

日本最古の「毛鉤図」

日本水産捕採誌(中村利吉氏編)・・・1886年

第一節 鉤

擬餌鉤は餌料を用いず餌に似たる物を造り以て魚を欺きて釣獲するの具なり。故に之を用ゆるを俗に「ダマシ釣」とも云う。淡水魚中には羽蟲を好み水上に跳り出て蟲を食う者あり。是等の魚を釣るに用ゆる擬蟲は種々の鳥の羽毛を以て作りたるものにして其大さ蚊の如くなるを蚊頭鉤又単に蚊鉤と云い稍や大にして蜂の如くなるを蜂頭と云う。其品種頗る多く殆ど五十種に及ぶ皆其名称を異にす。斯く品種の多き所以は或は期節に依り或は地方の慣用を異にすればなり。皆白馬の尾毛を附けて緡となし漆を以て其の結処を固め丸くなす。而して之に金箔を抹したるを金玉と云い朱を塗りたるを朱玉と曰う。土佐蜂と称うるものには馬尾毛二縷を合せたるを附く。鉤の大さは蚊頭は三厘より七厘まで、蜂頭は二三分に至る形は丸あり角あり。角形なるを菱と称ぶ。一ならず凡て是等の擬餌鉤は重に京都にて製作し各地に分輸するものなり。播磨にても多く製出すれども其品稍や劣る。唯加賀国金沢市にて製出するもの品位佳良にして京都製に多く譲らず。但だ其形状少しく趣を異にする所あり。又擬蟲の躯幹を巻くに白馬の尾毛を以てし、其頭を蕨の軟芽に有する繊毛にて作りたるものあり之を「タタキ鉤」と云う。是れ武蔵国北多摩郡拝島村にて製作する所なり。又第三回内国勧業博覧会に羽後国(山形県の一部と秋田県の大半)より擬餌鉤を出品せる者あり。此の他に之を盛に製出するの地未だ之あらざるが如し。

或る説に蚊鉤は魚類の常に嗜好する真の羽蟲に擬造するに非ざれば効用少し、故に蚊鉤を製作するには其羽蟲の真に迫るものを製するに勉むと云へり。然れども此の説たる非なり。何んとなれば如何に精力を尽すとも真物と同しきものは容易に製出し得べきにあらず。若し真に擬して真を失うたるものは魚其真ならざるを看破して鉤に罹らず。故に強て真物に擬せんとするは是れ労して効なきなり。況や蚊鉤は其羽蟲を見て忽然之を食むか如きの魚を釣るに利ありて羽蟲の真偽を選むが如き余裕ある魚を釣るに利あらざるものに於てをや。夫れ斯の如くなるを以て蚊鉤は其形何の蟲とも名状し難き異様のものを以て却て宜しとす。現に釣漁の盛んにして製造者も熟練せる地の擬蟲鉤を見るに真の蟲の如くに作りたるものはあらざるなり。

日本水産捕採誌が企画されたのが1886年は海外の文化を広く吸収した時代
(洋風建築の社交クラブ”鹿鳴館”イギリス人コンドルの設計,1883年 落成)
時代背景としてはガソリン自動車が実用化され特許となった時代

「The Compleat Angler」和訳、釣魚大全がアイザック・ウォルトンにより著されたのが1753年、チャールズ・コトンの続編1767年を加え第五部版となる

1887年に銀座の針・釣針問屋「みす屋針」の当主 中村利吉氏が
初見1881年のトーマス・B・グラバー氏が使用していた
ハーディー社製フライ(鱒鈎)を再度、目にした時から日本の毛鉤作りが始まる
鮎の蚊針を作り続けてきた技術とフライの混交を日本の渓魚用に試行錯誤し
国内・国外の展覧会で大成功を収める程の成果を得る

中村利吉氏
大英帝国のコモンディレイ・ペンネル氏からも称賛される程の
釣具(鮒竿)を初めて国外展覧会に出品された程の有識者
フライと毛鉤製造だけでなくルアーフィッシングも含む

その頃は通用していた天保銭を叩いてルアーを作る
日光辺りの鱒釣りはこの方が開拓したらしいとも
・・・幸田露伴「江戸前の釣り」より


コモンディレイ・ペンネル氏
先紹介済みのペンネル式フライフック創始者で釣りの著作も多い
英国釣りクラブの重鎮 大英帝国の皇族御用の主漁官
・・・幸田露伴「江戸前釣りの世界」より

「テンカラ毛鉤」の租を幻化された「職漁師?毛鉤」に求めて、有耶無耶にするよりはその租とされる「職漁師?毛鉤」のその基は、江戸時代初期に文献で残る釣具、釣針、羽毛等の輸入量の多さからすると和毛鉤と西洋毛鉤は遥か昔から・・・(笑)

最古の毛鉤図に残る「蜂頭毛鉤」は、日本には自生していない孔雀を使った胴が使われているし、写真で残るその「蜂頭毛鉤」はフライの「レッドタグ」其の物