カテゴリー分類に入らない只の戯言ですから・・・
善光寺の建立に当たる基本的な考え方は「低下凡夫に開かれた寺」・・・女人禁制がまかり通る時代に分け隔てなく、宗教を問わず全てを受け入れる為に開かれた寺院としてを起原とするをそのまま頂いて毛鉤釣りの毛鉤は本来そんなものではなかったのかと感じております
地方で地域性豊かに作られてきた和式毛鉤にとっても同じ事、地域に根付いた毛鉤は本来、「低下凡夫の毛鉤」の意が信条、そこから派生したテンカラ毛鉤も本来は同じ位置づけのはずでしょうし
和式毛鉤にドライフライと同様の乾毛鉤も有ればストリーマーと同様の毛鉤も有るし和式毛鉤の祖を京毛鉤に求めるならタグ(花入)も有ればリブ(ネジ巻き)も有るしサモンフライに見られるホーン(追い毛又は薮蚊毛)も有る・・・そんなことを解説した物を見た事も無いのですが
和式毛鉤を調べれば調べる程、独自進化なり、自然発生的な意味合いよりも西洋毛鉤との融合や影響を受けてきた事が中村利吉氏の例を挙げずとも感じる(世界初の毛鉤が文献に現われたマケドニアの時代よりは近世ですけど)
話の矛先がずれます・・・
和式毛鉤のもう一つの禁じ事項として殺生を許された階層の存在(関西方面での「サンガ」の存在も含む)対するのは殺生を禁じた仏教を治世の道具として使ったのが、公家社会に対する武家政権の隆盛
平安時代にお公家様が愉しまれた京毛鉤による遊びの毛鉤釣りが一旦は途絶えた後、治世の道具であった仏教思想が武家社会を脅かす程に強権となると仏教思想そのものを打ち消す方向づけで庶民が釣りを愉しめるようになるのが江戸時代中期以降・・・遊戯としての釣りから庶民による、釣果によって腕を競う時代の到来
反面、地方には未だに殺生を禁じる意識が根強く、渓魚に対しては尚更に、殺生を禁じた伝承話が各地に残る・・・山間地のタンパク質確保の為に云々で渓魚を獲っていた等と、後のテンカラ解説で出てくるのは田舎に対する都会人の戯言に近いかもしれません
利用はされていたにせよ渓魚はタンパク質云々よりは病人や産前産後の滋養強壮の為の薬代わりの位置付けとされ乱獲は禁じられていました
毛鉤の話に戻ればテンカラ毛鉤に対して疎まれやすい、ややもすれば存在そのものをテンカラマスターからは否定されやすい、京毛鉤の伝統を根底に脈々と続く「ハス毛鉤」は和式毛鉤のタイムマシンそのものと感じます・・・
世界列強から日本を守るために行ったとされる江戸幕府による鎖国政策自体もその当時、「鎖国」という概念自体が有ったのか毛鉤から見ると不思議な話で、収益が高く利権が絡む貿易の窓口を個々の藩にではなく管理しやすく集約するための方策ではなかったのかと・・・実際に世界各地の釣針やそのマテリアルともなる羽毛や鎧兜にも使われた獣毛を含めて、ポルトガルなりオランダから大量に輸入された記述が残ります・・・明治政権の輸入による勘定元が下関に集約されたのにも似ている気もします(笑)
和式毛鉤と言われるそのものは元々、古来から西洋毛鉤との融合を計って来たのではと、そこから地域に合わせ使い手に合わせ改良されてきたのではと・・・感じます
テンカラ解説で神話の様に言われる孤高の職漁師が使ったとされる、職漁師毛鉤では有りますが使っていた本人なりそれを受け継いだ方の話は後の解説が余りにも脚色が多過ぎて鼻白むとも・・・(笑)
手前勝手な思い込みでは有りますが毛鉤から見た日本史・・・とても偏った見方です
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只今、収穫シーズンを迎え毛鉤を巻けません(手が震えます)のでお茶飲み話程度の戯言が続きます

区画整理事業で作られた田圃ですが人力では到底無理が有ります、手作業なら20m程度が精々ですけど200mともなりますと別世界です・・・広いと言われる中国でも農業機械(マメトラ程度でも)が一軒ごとには無いので一軒の農家保有面積は手作業のみで完結できる1ムーが基準、単位を判り易くすれば6アール程度(中国の東北地方で1ha程)その集合体が中国農業です、だからこそ今でも農民は云々ですけどその方達と一緒に田畑で汗を流す日本からの指導員は珍しいので現地ではすぐ噂になる程でした、国策として温室栽培の先進国であるオランダ、ドイツから直接指導を受けている国営農場も多々有りますがテーマパークの様なもので・・・でも日本以上に最先端技術を10年で一気に、それも安価に成し遂げてはいます
自給率云々で言われるエネルギー換算値では畜産が盛んでない日本ですから低いですけど、実際の有効な耕作適地農地面積は日本の方が中国より広いとご存知ない方が多いです・・・漠然としたイメージとは違い過ぎるのが、和式毛鉤と同じに感じています
そんな農繁期では有りますけど檻の中で5年間、繁殖犬として生かされ、保護団体から来たそんな犬の為なら時間を作ってでも・・・豊田村のドックラン


足の短さでお腹を擦る草地でも元気に跳ね回っています

走り回って疲れると・・・

先住犬を押しのけても甘えてきます

来てから一カ月半ですがやっとお腹を出して甘えてくれるようになりました・・・(甘え方すら知らない犬が居る事自体、私には未だに理解が出来ないのですけど)
それに犬と人間は「主従関係」が有るからこそ狼が犬となったと説明されていますが仔犬の時から育てていれば例えどんな飼主でも懐かなければ生きていけないので服従はするでしょうがそれは餌を貰えると言う最低限度の信頼関係だと思います
拙ブログでも紹介させて頂いた二匹のイングリッシュセッターは成犬で来ましたから初めて連れ帰る時には暴れましたし噛みました(大事にされていなかった所為も有りますけど)、どちらも大型犬ですから本気で噛んだら指の一本位なら簡単に噛み千切るでしょうし、こちらが驚いて手を引けば犬歯の鋭さで引き裂かれるでしょうけど犬も此方の反応を見ていますから噛まれたままの手を犬の口の中に押し込むと驚いて口を開けます
確りと犬歯の穴が手の平に残りますけど案外と血は出ないもんです、もちろんですがどんな犬でもではなくこちらも犬の目の動きと反応を観察してこの子なら大丈夫と信じられるからですけど・・・(笑)
サクラは雌犬でしたし今までに出逢ったことが無い程の頭の良さが有りましたから呼べば来るぐらいはすぐに対応してくれましたけど本当の信頼関係を築くのには却って手間取りました
初めて渓流に同行した時に慣れない滑る岩で肉球を切り動けなくなってしまいそれでも附いて来ようとしておりましたので釣りを諦め偶々45ℓザックだったので中身を林の影に置いてその中にサクラを入れたら誂えたように頭だけ出る状態、首筋にサクラの息を感じながら帰途に就いたのですが徐々に鼻先を近づけて申し訳なさそうに少しづつ首筋を舐めだして、又それが此方にすれば愛おしくて・・・その後は愛犬ではなく愛人サクラと他人には呼ばれるほどにべったり(笑)
その後に来た雄犬のマルにすればサクラという先住犬もいるし御飯もくれるし散歩にも行けるしと一週間もすれば太い尻尾をブンブンと振り回していましたがそれでも愛情表現でぶつかってくる強さは次第に強まりました(笑)
躾云々も有りますが山に入ればお互いに仲間ですから「アイコンタクト」が自然に伴いますし出来なければ山に連れてもいけませんけど今となれば例え猟犬でもリード無しでと怒られるのでしょう
福島の一部では条例が無いらしいですけど案外と日本は犬の自由度が足りない気がします・・・愛犬家の皆様にはお叱りを受けるでしょうし犬が嫌いな方にすれば尚更でしょうけど・・・
リード無しなら保健所の指導なり取り締まりは簡単でしょうけどならば、1m足らずのリードに繋がれたまま、屋根も無く床はコンクリートだけで3年間過ごしたマルは保健所の指導では助からなかったと思いますし動物愛護法なんて形だけ、それでもニュースに成る様になっただけ少しは変わったのかもしれませんが、犬としての尊厳をどう守るかなんてことまで考え出したら・・・
まったくフライや毛鉤と逸脱過ぎましたが車で1時間も有れば着ける松本市で1000頭(ニュースでは)の飼育崩壊がつい最近発覚したばかり、今流行りの小型犬でも1000頭ともなれば・・・状態の良い犬は発覚前に移送されていたらしいし公になれたのも地元の動物病院の告発より芸能人からの告発が決定打になったらしいし噂はその前からだし告発後の対応も遅いし動物愛護週間も終わったばかりだしと気持ちが散れじれで収集がつきません・・・今居る犬達を大事にするしかないのですけど主義主張が強すぎて失礼いたしました