巻きについて考える

毛鉤の巻きについて考える
(毛鉤もフライも一番大事な事です)

今迄、この大事な巻きの説明について余り目にした事が無いのに気が付いた
鮎毛鉤パターンで使われるこの一般名称が何故テンカラ毛鉤にないのだろう

蓑毛の巻きから
「伏せ蓑」・・・ソフトハックルを短めに寝かせて巻く
「寝巻」 ・・・雌雉に多く見られるソフトハックルタイプ
「傘巻」 ・・・軍鶏・鶏の頸毛を傘の様に開いて巻く
「クル巻き」・・盛岡毛鉤での蓑毛の二段巻き名称

古式毛鉤の普通毛鉤に見られる胴体中に蓑毛を巻くタイプ
各地で伝承とされだした逆さ毛鉤の逆巻き
古式毛鉤に良く見られる乱巻き(パーマーハックル様)も有る

胴の巻きから
「詰め巻き」・・孔雀胴に多く言われる隙間なく仕上げる
「荒巻」  ・・下地が見える様に間隔を開けて仕上げる
「段巻き」 ・・絹糸胴他に多く胴の色を変えて仕上げる

その他、ネジ巻き・フエ巻き・十文字巻き等・・・こちらは鮎毛鉤をご参考に

面白いのが
古式毛鉤は大概、羽の表を鈎素側に向けるのが定番
・・・これが毛鉤の大元にも繋がる
今のテンカラ毛鉤は米式ドライフライの様に裏側を鈎素側に向ける
・・・勿論、鶏の頸毛の話
この考え方は案外、現代テンカラよりもっと新しいタイプ

自分の好みはフライでも毛鉤でも今や第一次世代らしい
現代テンカラを第二世代として今は第三次世代
ならば鱒以外を対象魚としているのはもはや第四世代かもしれない

ついでに書き添えると
鈎の鈎素を留める部分を鈎元(チモト)と呼びそこにチチワを付けてアイにする
環と呼ぶのも環付き鈎の硬い語感で馴染めずにいた
チチワでもしっくり来ないので探していたところ古い文献に蛇口の記述を見つけた
・・・勿論、穂先の “リリアン” VS “蛇口” の話では無い

FF釣法のハックルでも英国巻きに米国巻き・・・英式・米式
いつの間にやら米国巻き一辺倒になったのは何時からだろう?
それがテンカラ毛鉤にまで波及するとは思いもしなかった

1980年代の釣雑誌に堂々、剣羽根を米式で巻く紹介も有ったから
それよりは ○○ かもしれない

この一番大事な毛鉤の巻きについての説明が無い
・・・不思議な話では有る

大事な蓑毛の件
第一世代前の古式毛鉤の頃から蓑毛の色の記述で見られる
”本黒の黄味・白味”とか”芯黒先黒の黄とか白”
本=基・・・それを生ずる初めの部分
本黒はモトグロと呼ぶ
今のジェネティックハックルならファーネスやバジャーハックル
芯黒先黒なら本来の正統バジャーを表す
又、巻き数も初期には厚巻き、盛期には薄巻きの記述は多い

序に
餌針の鈎素を結ぶのに内掛け・外掛けが有る
渓流釣りが華やかな頃は内掛けに拘る方が多かった
もっと拘る方はミミの平打ちを嫌い削り取る方まで居たほど
光るとかそのミミで流れ方が変わるとまで言われていた
古式毛鉤は勿論、初期型も含め毛鉤はその当時、内掛けが多い
そんな拘りが釣人の気持ちとして嬉しい

我田引水型記事ばかりが目に付くようになってから
釣雑誌を見た事も無いのでそれ以後に説明されているかもしれない

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毛鉤で釣れない川

毛鉤に反応しない魚を毛鉤で釣る・・・(paradox)?
勿論、哲学的なパラドックスでは無い

魚が見える程の透明感に溢れる渓流
低層に居る魚の陰まで見える
一流しで様子見・・・ヒラも打たない
日差しが強い日中で透明感のある流れに釣り圧が強ければ尚更
禁漁間際の源流域で産卵行動に入った淵に溢れる魚の様
逃げもせず釣人の思惑を嘲笑う・・・

擦れ掛かりともなれば己の釣法自体を魚に笑われる
手を変え品変えて苦心惨憺でも目の前に居る魚の姿
底地が泥混じりの渓なら
そんな時は、ユスリカパターンメインなのは判る
厄介なのが
大岩が点在し底に小砂利より粒子が細かい砂っぽい渓流
映像で紹介されるような典型的な渓流域だから始末に負えない
水生昆虫の姿も無くかと言って陸生昆虫も飛んでいない
そんな時にライズする姿を見せつけられたら、それこそ堪らない
餌を追わない、ルアーを追わない

そんな時こそ毛鉤とフライの一番面白い時
・・・自虐的毛鉤釣りでは無く(笑)
「毛鉤でこの渓は釣れない」とか「地元の手練れなら」とか・・・
マッチザベイトのペレットフライはともかくとして
定番やらアトラクターパターンに擦れた場合も含め
あるパターンに固執する時期が有るのは確かだと思う
「釣れるのは小型の毛鉤だけ」なんて聞いたら
それこそ答えは手の内に有る様な物
様々な試行錯誤と経験の蓄積の形である毛鉤とフライ
釣れない時があるからこそ・・・
英式バザーフライも鮎毛鉤もその極致かもしれない

「毛鉤で釣れない川」・・・なんて魅惑的な言葉

中部山岳地帯以北なら盛期は蜉蝣の姿はほぼ居ない
かと言ってタランチュラ・フライに反応する魚も居ない
適度に人が行き交う渓なればこそ楽しも深いし引き出しも増える
なんて素敵な釣り場をお持ちなのだろうと心底思う

以下爺の戯言 —————————

安曇野に篭川が有る
ここを毛鉤で釣れれば一人前らしい
関東近郊の有名河川はもしかすればそれ以上かもしれない
釣雑誌が煽る新釣法やらこの竿とこのラインならは論外として
木化け石化けに始まり言い古されたその技術なり技
今迄会った爺様達はそんなこと一言も言わず
それこそ其の儘でスタスタと背を屈めもせず流れに向い
立つべきところに立ち、流すべき筋を躊躇なく流す
敢えて言葉で説明するから
「魚の居場所を知れ」とか「流す筋が大事」になるだけ
爺様が言った言葉
「此の頃、殺気が消えたのか魚が逃げなくなってきた」
・・・蓋し名言

良く言われる
入り波(incoming wave)に食い波(Eating wave)
言い方を変えれば
水底から上がる男波に水面から底に向かう女波

信州小布施 北斎館

男波(onami)

onami
onami

女波 (menami)

menami
menami

言葉で表すと本意が逃げるし文章となれば独自解釈ともなる
葛飾北斎の有名な男波に女波を掲げられたらそれこそ正体不明
白泡で沸き立つ男波を突き破る岩魚も居れば瀞で静かに鰭を動かす岩魚も居る
重い竹竿に馬尾で編んだ馬素を終始振り回し杣道すらない渓を釣り上がる
ならばその釣場に至る事と道具を使いこなす技も技術も必要かもしれない
流れの側まで車を横付けし、たかだか
100g程度の竿と繊細なレベルラインに何の技なり技術が此処まで云々されるのだろう
道具に負けて道具に使われるのか、道具としてそれを使いこなすのか
ソフトプレゼンテーションに有利だからレベルラインの選択?
ナチュラルドリフトがし易いからレベルラインの選択?
大名釣りのタナゴ釣りならいざ知らず繊細な道具仕立てで渓流やら源流に向かう
繊細さが必要なのは道具では無く流れと魚に向ける繊細な感性だと思う

山菜採りで春を感じます

山菜採りで春を感じます

川はまだ雪解けで増水中

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白濁りも薄れて餌釣りならそろそろ

去年まではセリ畑でした

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優勢種のクレソンばかりです

取り敢えず

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コゴミ

信州の衆(ショ)はウサギも食わないコゴミを有り難がります
タラの芽も好きですからタラの芽が無くなっていると
信州の衆が来たと判るらしいです(笑)

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ミヤマイラクサ

この辺ではエラボウ・エラボ・エラ・イラと呼びます
アイコの呼び名が有名でしょうか?
これを塩で板摺した浅漬け?は絶品ですが手塩で味が変わります
新店商店の山川さんちの婆様が作った味以上には今だに出会えません

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登ります

春の日差しの中登ります

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まだ登ります

本命に出会うため登ります

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そろそろ目的地です

コガネネコノメや

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キクザキイチゲ

イチリンソウを見ながら

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フクジュソウ

「名残りの旬」 フクジュソウ

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アズマイチゲ

途中で

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カモシカの足跡

蹄の形からカモシカ

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熊の足跡

しっかりと残る爪痕 熊の足跡です

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目的地 目前

目的地に近づいて

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ゼンマイ

高低差が有るので季節が行ったり来たり

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目的地

本命 ワサビの花

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ワサビの花

今年も「旬」に出会えました

まだ雪が残ります

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残雪
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北側

北側はまだしっかり雪が残ります

帰り道でウドを掘って「走りの旬」

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山道具

戸隠の竹細工の名人 (故)西さん作 30年以上前の作ですが艶光してきました
英国ハンター社 ギャロウェー 新製品で買って未だに現役です

帰り道に捕獲用檻!

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捕獲用檻

山菜料理の準備が出来ました

今年も食卓は緑に染まります

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我が姫

the grandfather of fly-fishing

Lon Ellington, a Phoenix fisherman and outdoorsman once described as “the grandfather of fly-fishing,” died the weekend of April 2. He was 85.

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Lon Ellington

彼の作るフライを手にした事は無いし勿論、彼と面識がある訳でも無い
只、米国の友人から彼の話を聞いた、「とても穏やかで親切な人だ」と
無論、日本の釣雑誌に登場する有名人では無い
フライ作りを50年以上、竹竿作り35年以上と聞いても
地元の方も判らないかもしれない
それでも哀悼の意を表すために掲載する
一つの大きな世界を失ったのだと思う

以下爺の戯言 ———————————-

縁も所縁も無い日本の片田舎から哀悼の意を顕す
それは日本でも表に出る事が無くても地域から認められた方々は多い
米テンカラフォーラムの方からこの写真の方は誰か答えよと謎掛けが来た
秋山郷の毛鉤名人だと、雑誌に有る不鮮明な写真を添付して来た
顔すら判別できないけれど雄山荘の山田和幸さんかそのお爺さんらしい
そう答えると「OK」と返ってきた
でも、考えて欲しい
釣雑誌に登場するような方々は確かにその地域で名人と認められているのだろう
それでも、それ以上に手練れもいるし名人も多い
古びたその雑誌が気になって再度、返答する
(雄山荘の山田和幸氏では無くその先代の重雄さんかもしれない)

お答えします
雄山荘の山田和幸さんが有名ですがその古そうな雑誌だと
先代の山田重雄さんではと思い直しました、
「秋山郷唯一の使い手は和山の重雄さんだ」
と屋敷の山田亀太郎さんが
言う程ですから中でも抜きんでていたと思います。
もしかすれば共に釣りと猟をした仲間ですから
亀太郎さんも一緒にその写真に写っているかもしれません。
・・・答えを書いていてもきっと彼には判らないだろうと思う
狭い秋山郷とはいえ本に出てこない方でも名人は沢山
亀太郎さんだってその腕前は素晴らしい
勿論、他の地域でも同じ
自分が見知ったこの狭い範囲の中でも
渋の竹節さん野沢温泉の天谷さん
天谷さんともなれば8畳間いっぱいにカモシカ・熊等の毛皮を敷き詰め
それでも足りずに壁やら廊下にぶら下げて齢80を超えても
釣った岩魚を放すんだと庭に池を掘る有様
妙高には加藤蕎麦屋の親爺に赤倉の古澤さんに斉藤さん
田口の山崎酒店の親爺だって休みとなれば渓流通い
信濃町や戸隠にも曽根原さんなりカワウソもいる
元組合長の峯村さんのあの飄々とした釣姿・・・
白馬やら安曇野までとなれば際限が無くなる程いらっしゃる
今となれば石のシャッポを皆様被っていらっしゃる
・・・今だに生きているカワウソは今まさに熊と格闘中かもしれない(笑)
言葉や本に残らなくても皆さん、竿を持つ姿を見れば美しい
何よりも皆様に共通する山や渓に対する矜持が素晴らしい
釣り場で出合うその一瞬の一期一会でもその立ち居振る舞いだけで
話をしなくてもその方が良く判るのも不思議な話だし
それは自分にとっても同じ事
・・・自分にとっては大きな諌めでもある

知恵を授けてくれた親愛なる先達達の皆様
その地域オリジナルだけではないけれどその知恵は今作っている毛鉤に残る
秋山郷毛鉤にだって平気で実釣用にワイヤーリブを補強で巻くし
大町で教わった段巻きも同じ、色も変えればタグも巻く
伝承と伝統の違いを判って欲しい
毛鉤もフライも
亡くなった先達の知恵と蓄積は形が変わっても必ず残る
テンカラも第二ジェネレーションなり今は第三ジェネレーションらしい
それでもなお物言わぬ毛鉤にはその先達の声が残ると思いたい

この片田舎の長野でも伝説の英式ハックル先駆者で有り
英国ハーディーの最初期インストラクターでもある入船食堂の小平氏が居る
お陰で手持ちの竿もほとんどがハーディー社の物ばかり
リールなんて全てがハーディー社の品物ばかりで他を知らない
それだけ先達達の影響力は強く今も残る
それは本だけで無く人から人へ直接伝わっている

 

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4月8日 日曜部の朝

昨日までは強風でも20℃越え、天気予報は曇りのち晴れ
完全に出鼻をくじかれてふて寝・・・

Kebari fishing & akiyamago-kebari

Kebari fishing & akiyamago-kebari

My fishing spot is the same place as them
I got them taught me “Kebari Fishing” directly
It is “Kebari fishing” and it is not “tenkara fishing”
Please do not think it with the same
“Sakasa-Kebari” was used only in Masudagawa(益田川), Gifu Prefecture
The earliest type was introduced about 60 years ago and was widely known
Until then, “Sakasa-Kebari” was a special way of fishing

The way “Kebari fishing” taught is the same as Valsesiana of Italy

Of course, depending on the fishing place “Kebari – fishing” there is a regional difference
My fishing is how to fish the middle mountains of Japan
I am now using “tenkara-rod” but in the past I did it with a 3.6~ 4.6 m  bait rod

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“tenkara-rod” and ” bait rod”

How to Casting the rod is a way close to “Gujo Fishing”

Introduction of “Gujo Fishing” and “Gujo Fishing Rod”

https://blogs.yahoo.co.jp/fk3yi8anpontan/folder/1289807.html
Until now, “Gujo Fishing” has not been introduced, but the rod used has long been protected by fishermen
Current “tenkara – fishing” has introduced fishing methods in the Kansai area of Japan but it is slightly different from Japanese kebari fishing culture

Introduction of my fishing spots

秋山郷毛鉤

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”Old Akiyamago-kebari”

”Akiyamago-kebari” Introduction

Real “akiyamago-kebari” please pay attention to hackle

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attention to hackle

 

I think that it is also interesting to compare the original “Kebari Fishing” with the current “Tenkara Fishing”
You may see the difference between history made and true history

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マタギ衆

Person who handed down the culture of the mountains

”マタギ”  ”matagi”

Hunting collective people “matagi” was specially allowed to hunt
It was not a nomad, but there was a settlement place and they also moved to various places
They were welcomed friendly in mountain villages in various places
They also act as evangelist of the mountain of culture
They do not use Ainu word , use a unique “mountain word = 山言葉”
That’s because they protect themselves from dangerous mountains

Will you inherit that true “kebari fishing culture”?
Until now all have been done in oral tradition
It’s not fishing, it’s the same as hunting
It lives with the mountains and lives by the grace of the mountains
It is invisible to urban dwellers and they can not understand

赤備え毛鉤 (ビーズ毛鉤)

赤備え毛鉤 (ビーズ毛鉤)
武田家由来の赤備えが毛鉤の場合なら・・・
近頃の流行りのビーズヘッド毛鉤の由来まで歴史を遡る

蚊頭針 血丸

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蚊頭針 血丸

血孕

100年程前の永原屋茂八商店 卸部 商品一覧

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永原屋茂八商店 卸部 商品一覧

こちらに掲載される赤玉(赤色ビーズ)使用で有名な毛鉤パターン

四段朱
四段朱蚊頭針

通称「赤玉ポートワイン」

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赤玉ポートワイン

蚊頭針として朱玉をヘッドに持ってきたのが「赤玉ポートワイン」
四段朱蚊頭針ともなると胴に四つ玉仕立て
フライの世界でも見た事が有る様な気がする(笑)

日本式ニンフフライ

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三段朱 伏せ蓑 蚊頭針

三段朱 伏せ蓑 蚊頭針

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三段朱 伏せ蓑 蚊頭針
伏せ蓑
三段朱 伏せ蓑 蚊頭針

孔雀胴に茶毛(油毛)を伏せ蓑で巻く
・・・伏せ蓑と書きながら不覚にも羽根が立ってしまいました(笑)

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三段朱 伏せ蓑 蚊頭針

他にも二段金なり三段金

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豊かな毛鉤文化を愉しんだ先達

このパターンは全て100年程前の商品一覧から
今様の解釈や推測では無くありのまま、其の儘の当時の詳細な毛鉤の説明です

掲載させて頂いた資料は全て「鮎たわけ」様のブログ
「長良川と郡上竿の世界」よりご了解頂き掲載いたしました

毛鉤のご縁で鮎たわけ様・満月様・眩影様・F師匠様と
お近づきになれました事に心より御礼申し上げます

連綿と今に続く鮎毛鉤なり各地の伝承テンカラ毛鉤も
本来は遊漁を愉しむ京毛鉤の文化が根底を流れています
決して「正体不明」は有り得ません
よく言われる幻の日光毛鉤もその元は中村利吉氏の創造の賜物でしょう
たかが毛鉤、されど毛鉤、毛鉤は雄弁と思います

手前勝手な拙ブログにご訪問頂く皆様に感謝申し上げると共に
少しでも本質に近づける事ができますよう
今後とも皆さまのご指導、ご教授をお願い申し上げます

以下爺の戯言 ——————————————————-

蚊頭針「血丸」・・・蚊が血を飲み込んだ姿とされる
永原屋にとっても販売数は高く他製造元も同型を販売するほどの人気商品
ここに前出では有りますが、FF釣法でもキラーバグとされるパターン
色指定はホットオレンジでも指定サイズは同じ

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FF釣法版 血丸

ホットオレンジ・アントフライパターン

血丸は夕方に有効な毛鉤と聞いておりますがこのパターンは凄いです
多くの釣人が行き交う釣り圧が高い夏場の渇水期でも何処に隠れていたと思う程
単に他の方が使われないパターンだからかもしれませんが( ^ω^)・・・

眞田毛鉤(1950年代)

鮎たわけ様の所有する眞田毛鉤(1950年代)のご紹介
信州 登録商標 槌長 謹製

上田地域は北信・中信・東信・南信と大きく四分割される信州で
地勢的に北信・東信・中信の要とされる場所
宿場町としても、流通業等の商業でも栄えた上田城(眞田城)城下町
真田幸村はじめ、真田十勇士に家康公に対した真田丸も名高い
地味な信州の中でも新進気鋭に優れ
上田紬が有名で生糸貿易でも栄華を極めた土地柄

緡と言われるチモトを黒ナイロン糸で補強する独特な蚊頭針
(本来は漆で固めたもの、鮎毛鉤は其処に金箔を貼る)
古い形式を守る頑固さ故に其の儘残ったのかもしれない

六文銭(六連銭)を旗印

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六連銭

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武田家由来の眞田赤揃え・・・三途の川の渡し賃で有る六文銭

信濃国高井郡保科に発祥した土豪、保科家が同じ武田勢となるもその後
徳川方として会津藩主となり、後に再度、松平家として南信の高遠城主に成るのも戦国時代ならでは

以下爺の戯言 ————————————————

毛鉤の話で此の頃、毛鉤より甲冑が多いのも春の陽気で畑仕事が忙しく
手が震えて毛鉤が巻けず、かと言って山は雪で釣りにも行けないその悔しさの現れ

地元で有る長野市の用水組合「四ヶ郷用水」は眞田のお殿様から拝領し管理を任されている
この「四ヶ郷用水」が無ければ
長野市内で水田を賄える水は無い程に今でも生活に直結している

自身でも母方の祖先は眞田藩主に老中として仕え、
その伝来の日本刀は自分が初めて手にした刀
保科家の在所は目の前に広がり近所にも祖先を保科家に持つ家が有る
縁遠いとされる過去でも近場の話ともなればなるほどその遠い過去と直結している・・・

緡・・・釣糸

緡・・・釣糸
この緡(さし・いと)と言う漢字との出会いは
武田信玄公のトレードマークで有る「諏訪法性兜」の白毛の兜に見られる
飾り毛の「ヤク毛」から始まる

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「諏訪法性兜」・・・すわほっしょうのかぶと

織田信長公・豊臣秀吉公・徳川家康公も同じ・・・

徳川家康公自身の言葉に
「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」が有る程、好まれた

唐の頭とは

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唐の頭

英式の兜・・・ワーテルローで使われた洋式の甲冑の頭

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唐の頭

珍重されたため鎖国時代にもわざわざ清国から取り寄せた程
(此処に使われる「ヤク毛」は勇猛な動物とされて珍重された)

鮎毛鉤で使われる「リュウ」はこれを様々に染色して使われると聞く
この説明が古くから鮎毛鉤の製造を行っていた
銀座 みす屋の店主「中村利吉氏」監修による「日本水産捕採誌」に残る

第一節 鉤
擬餌鉤は餌料を用いず餌に似たる物を造り以て魚を欺きて釣獲するの具なり。故に之を用ゆるを俗に「ダマシ釣」とも云う。淡水魚中には羽蟲を好み水上に跳り出て蟲を食う者あり。是等の魚を釣るに用ゆる擬蟲は種々の鳥の羽毛を以て作りたるものにして其大さ蚊の如くなるを蚊頭鉤又単に蚊鉤と云い稍や大にして蜂の如くなるを蜂頭と云う。其品種頗る多く殆ど五十種に及ぶ皆其名称を異にす。斯く品種の多き所以は或は期節に依り或は地方の慣用を異にすればなり。皆白馬の尾毛を附けて緡となし漆を以て其の結処を固め丸くなす。而して之に金箔を抹したるを金玉と云い朱を塗りたるを朱玉と曰う。

此処に出て来る「緡」は白馬の尾毛としているが
鮎毛鉤に残る「リュウ」=「ヤク毛」が殊に気になる
武家階級だけに認められた加賀の「鮎毛鉤」はもしかすると
「シケ糸」自体が「ヤク毛」であったかもしれない
手持ちの古い毛鉤材料にその「ヤク毛」の40㎝程の一束が残る
鮎毛鉤に使われる生の絹糸7本の「シケ糸」より強度は高く頭髪並みに細い
中空で透明なその質は「ポーラーベア」と同様でもっと細くしなやか・・・
同じく古い毛鉤材料の馬の尾毛の「白」「透明」「黒毛」と染色された「赤」「透明の赤」
・・・勿論、古い英国トラディショナ・フライにも使われている・・・

初期型の「真田毛鉤」の紹介記事
長良川と郡上竿の世界

此方で紹介された初期型の「真田毛鉤」に有る「黒龍」の名はその「緡」に黒のナイロン糸
これも古くは黒毛の馬の尾毛だからこそ「黒龍」= 黒毛の名馬かもしれない
・・・「緡」はチモトを補強し巻き止める糸、古くは釣糸・・・

歴史の遺物には何時でも現代風解釈が付き纏うがそこに「望み」まで入り込む(笑)

手持ちの「ヤク毛」と「馬の尾毛」

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「ヤク毛」と「馬の尾毛」

フライで「ヤク毛」はストリーマーのウィングにポーラーベアの代りに使われる
精製されて白色よりは透明感と煌めきが高く細かいウェーブでバルキー
馬の尾毛はストレートで張りも強くヤク毛より倍程も太い

剣羽根毛鉤の出生

剣羽根毛鉤の出生

日本独自とされる剣羽根毛鉤
(羽根自体の強さによる水面での跳躍と水中での毛鉤自体の振動)

当初は擦れた山女魚用毛鉤に効果的とされ
流行りも知るだけで4回程は有ったと思い出す
1960年代の釣雑誌にも効果的なテンカラ毛鉤と刺激的な言葉で紹介される
高麗雉の剣羽根が輸入され出し、山女魚は全滅するかもしれないとまで喧伝された

今更ではないけれど剣羽根毛鉤で使う本来の剣羽根は「日本雉の雄」
それもフライで言うバイオット側だけ・・・その特異な強さを生かす為
羽根の各部名称なら「外弁」

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羽根 各部名称

雄・雌の区別も無く、表・裏の色違いも無い高麗雉では無い(前出済み)

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日本雉剣羽根

高麗雉との差異

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日本雉と高麗雉 剣羽根裏表の差異

黄色丸の内が日本雉剣羽根で裏側が表と同じく暗色
高麗雉は雄雌共に裏側は色が明るい(段だら縞は高麗雉の雌)

この剣羽根を使う原点にハス毛鉤の「清姫」が有る
黒染めの剣羽根を使い胴は黒地に赤の帯巻きを2箇所

此方をご参照ください 眩影氏のブログ記事
鮎毛鉤修行その10:鮎毛鉤の原型・伝承ハエ毛鉤を巻く

旧来の毛鉤釣りで使用される毛鉤と職漁師が使う毛鉤は原点に「ハス毛鉤」が有る
「現代テンカラ」とされた1950~60年代にはハス毛鉤の原点が色濃く残る
その後に「テンカラ毛鉤」とされて釣雑誌に喧伝された物は
職漁師が使う毛鉤をお町の人が垣間見した物か推測・憶測で真似た物が見られる
(黒にも様々な黒が有り、茶にも様々な茶が有る事すら感じ取れない方々も多い)
蓑毛も本来の日本式毛鉤は伝承に見られる様に英式の巻き方
アイ側に羽根の裏側を出す巻き方は米国で行われ始めたドライフライの巻き方
明るい裏側を使う事で視認性とコックネックの性質で浮き易い利点を尊重した物
それでもキャッツキルパターンに見られる様に薄く長く巻く形式が本来
短くブラシの様に厚く巻く事で浮力を得るとする日本式フライとは意見を異にする
・・・浮いてさえいればどんな毛鉤でもフライでも釣れた時代は過去に確かに有った

剣羽根毛鉤の原点 「清姫」

安珍・清姫伝説の「清姫」しか思い浮かばない・・・

おどろおどろしい伝説・・・「驚ろ驚ろしい伝説」
・・・They thrusts famous in Gruesomeness legend

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安珍・清姫伝説

黒地に赤「清姫」のパターンはこの絵から?

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安珍・清姫伝説

「清姫」にはこの絵も残る・・・

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「清姫日高川に蛇躰と成るの図」

ハス毛鉤の色使いは浄瑠璃なり浮世絵から得られたものかもしれない
フライと同じ材料を使っても滲み出る毛鉤の色彩感覚は和柄と同じ
京毛鉤の影響を受けたはずの関西地区では質素な「テンカラ毛鉤」が珍重され
その端境では却って京毛鉤の色使いを残す毛鉤釣りの「毛鉤」が残るのも不思議な話

たかが毛鉤釣りの「毛鉤」でもその底には海外の知恵も加わる
果ては、英国「ウォータールー・バラックス」・・・ワーテルローの戦いまで関る

 

日本の毛鉤釣り文化

日本の毛鉤釣り文化
Japanese Kebari fishing culture

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葛飾北斎 千絵の海 蚊針流

自然発生的な毛鉤は釣針が発明された同時期から世界的に行われる
Spontaneous ”Kebari and Fly” are made globally
from the same time when fishhook was invented

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蚊頭釣り
KGU淡水1 0041
釣道具

”Kebari and Fly”文化は世界共通
“Kebari and Fly” culture is worldwide

原型は共通文化として広まり対象魚と各地の自然により独自進化する
The prototype spreads as a common culture and evolves
independently by target fish and local nature

日本は江戸時代の鎖国政策の200年間により”Kebari and Fly” 文化が独自進化する
(鎖国政策以前にポルトガル・オランダ等から”Fly”文化が伝わっていた)

”Kebari=毛鉤” の原型は
京都で蚊針(菜種針)からハス毛鉤へと進化する

巻き付ける蓑毛の方法と孔雀胴の使用(蠅頭・蜂頭・蝶針等)に見られる様に
ハス毛鉤は過去に行われたフライとの融合を今に伝える
タイムカプセルの様な貴重な存在感を示している

一般的にこれらの京毛鉤は優雅に釣りを愉しむ遊びとして全国に影響を与える
その最たる例がハス毛鉤から進化した鮎毛鉤であり、芸術品の域となる
ハス毛鉤から進化した鮎毛鉤の存在は
日本的概念と世界的概念における対象魚の存在「鮎=鮭」
・・・は釣人の概念からする共通対象
日本では遊漁対象魚として認められなかった「鮭」と
特権階級にのみ認められていた「鮎」
それは
「鮎毛鉤」=「フェザーウィング・フルドレスサーモンフライ」と背景を含めて同意

遊漁の毛鉤と対極にある職漁の毛鉤
職漁の毛鉤釣り自体、餌針に反応が遅い盛期の渓流魚に対し時期的に行われていたもの
これは効率化と対象魚の生態に合わせ実釣に耐える様に丈夫に巻かれている

古い形態の岩魚用毛鉤は中部山岳地帯の一枚の軍鶏の頸毛を荒巻にした
パーマーハックルによるバイビジブル形式に見られる
魚の擦れ加減で針先を覆う蓑毛を刈り込めば古い形式の「秋山郷毛鉤」ともなる
・・・この秋山郷毛鉤の原型も「マタギ集団」により秋山郷にもたらされたもの
日本三大秘境の一つである秋山郷という風土的背景により過去が色濃く今も残る

本来の職漁の岩魚域は薮沢でも無い限り豊富な水量と大岩に囲まれ
所々の連瀑地帯に遮られて杣道すら無いその限られた地域に入れる者だけの特異な場所
毛鉤が見える事より如何に魚を見つけるかを大事とする先達も多い
・・・狩猟的な発想と対象地域のため数々の伝説も残る
仕掛も2間程度の竿に馬尾毛の撚糸を竿と同じ長さで仕上げて
取り込み易さとピンポイントを狙う釣り方

方や職漁の山女魚域は同じく水量豊富でも川幅は広く大岩が水底に点在する場所
岩魚域に比べれば人里も近く同業者も多く魚に対する釣り圧も強い
神経質な山女魚の生態に合わせて離れて釣るロングラインでの線と面の流し釣り
原型としての山女魚用毛鉤は岩魚用に比べ胴色が明るい色調
そこに椋鳥等の柔らかい蓑毛を中央部分に疎らに巻きつける形式が多い

先達が残した言葉
「蓑毛の張りは流れに合わす」
「蓑毛で誘って、胴で喰わす」は意味深い・・・

特異的な剣羽根毛鉤も本来は擦れた山女魚に対する隠し毛鉤的な存在
その剣羽根使用の原型はハス毛鉤の「清姫」から派生した物
・・・「清姫」は鮎毛鉤の良く釣れる代表的銘柄「青ライオン」と同じ位置付け

山女魚用毛鉤として現在は広く知られる「逆さ毛鉤」
これは岐阜県益田川流域でのみ使われていた本流用の特殊な毛鉤
フライで言えばスタンダードハックルに対するパラシュートハックルと同じ
個人的な発想転換が効果的であった為にその後は広く周知される存在となる

それらの毛鉤を使った職漁師自身でも
渓魚を生魚として温泉地に届ける近代の職漁師以前なら
単純に餌代わりでの毛鉤で釣果は確保できたかもしれない
「流れる水より岩魚の方が多い」とか「岩魚は川の蛆」とかはよく聞く昔話
その場所に行き着くのがその時代にはそれこそ狩猟的な山行を伴う特異な術
魚を持ち帰るにしても「ウラジロ」なり「ホト」で白焼きなり焼き枯らしの時代
その後
山間各地の湯治場が温泉観光地となるが冷蔵設備が無い時代にお客が求める生魚を
届ける役割を背負った近代の職漁師は時代の狭間が生んだ仇花の様な存在
その収入は山間僻地での年間収入額を軽く超える程で魚屋と同じく当日現金決済
となれば山割り・川割りでも同じ地区なら競争相手も増えるし釣り圧も高まる
同一集団としての狩猟的な形態から
個人的技量による釣果確保となれば仕掛も個人で変化するのが普通と思う
これを解き明かす術は無いがその残渣が朽ち果てていても各地の倉に今も眠る
面白いのが対象魚が岩魚となれば
秋山郷でも妙高でも安曇野や大町でも当時の仕掛けは余り変わりが無い
各地の釣人による工夫が田舎の伝達方法で広まっていた事実も示すし
同じ竹竿に馬の尻尾で撚った糸は類似な渓流域環境に合わせた物でも有る
(類似する渓流環境で全く同じ仕掛の伊国バルセジアーナの釣りも興味深い)
となれば個人の技量勝負なのかもしれないがそれ以上に毛鉤を道具として位置付けて
釣果を得るために各地で工夫されたのが「ハス毛鉤」を元にした毛鉤の存在
(遊漁として切磋琢磨され実釣に裏付けされた「ハス毛鉤」に祖を持つ毛鉤の存在)
ハス毛鉤自体に色濃く残る「フライ」の底流に鮎毛鉤の独自進化も加わり
胴の絹糸や綿糸だけでは無く、孔雀胴・ゼンマイ胴・山繭胴に蓑毛の各種も増えて百花繚乱
(職漁師時代は山間僻地の観光地化への大変革をまともに受けた時代でも有る)
古式毛鉤の流れにフライと融合されたハス毛鉤の工夫が加わり
銀座のみす屋針店の中村利吉氏による毛鉤とフライの融合と日本に合わせた改良
江戸時代の200年に渡る熟成期間を経て明治大正時代に再度フライと邂逅を果たした毛鉤
古来から使われた毛鉤もテンカラ毛鉤となる前に大変革を遂げていたそんな時代

その後の渓流釣りブーム到来と車道整備による源流域への交通の改善
目新しさを求めた釣雑誌の毛鉤釣り紹介に続く「テンカラ毛鉤釣り」への変化
同時期に進んだインフラ整備と冷蔵設備に渓魚の養殖技術確立で職漁師は存在価値を失う

共通点で過去と現在の一番差異が有るのは毛鉤でも魚でも無く
各河川の水量減少と砂の堆積による水深の減少
これは過去の写真が示す様に源流域も渓流域も同じ状態
野生動物の保護はその生存環境を回復保護する方法が一番な事は周知の事実
渓流魚も同じく本来は野生動物の一員であるけれどそれを忘れているのが現状

その緩く浅い流れに合わせたのが現在の「テンカラ毛鉤」
改革されて新しい毛鉤釣りとされたテンカラ釣りで使われる「テンカラ毛鉤」は
明治・大正時代に百花繚乱期を迎えた古式毛鉤時代を忘れ、物の無い戦後に生まれた産物
本来は毛鉤釣りでありながら道具である「毛鉤」自体に拘らない
不思議な釣りが今の「テンカラ釣り」
日本古来の毛鉤釣り文化の流れからも異質な存在で有る現在の「テンカラ毛鉤」
先達が積み上げてきた英知と経験の結果でもある古来からの毛鉤文化とは違い過ぎる
優雅に釣りを愉しむ京毛鉤の伝統が日本各地の在来の毛鉤の底流に潜んでいる

簡素・質素・簡便・粗末とされた「テンカラ毛鉤」は戦後の復興期に喧伝された
釣雑誌による釣果至上主義と幻想に作りだされた釣り業界お手製の伝説かもしれない