タイイングスレッド&シケ糸

渓流シーズン開幕ではありますが、自然解禁にはまだまだこれからです・・・(笑)

毛鉤もフライも、鉤に糸で何かを巻き付けるその糸が懐古趣味ではありますが絹糸なら

ゴッサマーとは申しませんが・・・

手前のボビンホルダーには・・・(笑)

絹糸の照りと輝きが良いですね・・・

ヘラ浮子用絹巻糸・・・絹100%

ナイロンスレッドやらポリエステルスレッドには強度的には敵いませんし、ゴッサマーと比べるのも的外れ・・・

日本も絹の国でした・・・(笑)

様々なボビンに巻いてあるのは手縫い糸9号絹糸各色・・・

三本撚り手縫い糸16号絹糸ならシルクフロス代わりにも使えます

手縫い糸9号絹糸と先程のヘラ浮子用絹巻糸・・・

ヘラ浮子用絹巻糸の細さは100番の太さですから6/0と8/0の中間程度でしょうか・・・

だから何だと言う話でも有りませんが、絹糸の透明感と輝きは良い物です

ボビンから巻分の糸を出して、タイイングワックスの上を滑らせ、巻糸に載ったワックスが指の間で抵抗感を感じながらボビンに戻す、こんな一連の儀式めいた支度も良いですね・・・(笑)

理想と現実の狭間・・・(笑)

理想と現実の狭間は悩ましい・・・

3月3日 釣行日 長野は晴れ、10℃予想で海沿いの川へ

流石に海沿いの川ですから雪も少なく、ネコヤナギも膨らんで早春の装い

鮎釣りの場所なら山女魚もなんて言葉が頭の中でぐるぐる回転・・・(笑)

新潟は曇り空、時折小雨・・・火打山の方からは吹き下ろす風に乗って雪が・・・

それでもコカゲロウがほんの僅かでも流れ下ってきているのです

なにも釣れなくても釣りに出かけられる日は嬉しい・・・(笑)

温泉場下ならもしかしたら、万に一つ、でも「ライズ」の三文字が頭の中で・・・

どちらの川も透き通って綺麗です

雪解け水が轟々と流れる前の、この一時が一番なんですけどね

多少の雪ならラッセルしてと・・・

理想と現実の狭間は悩ましい・・・(笑)

フライフックでもこの狭間を悩む愉しみが有りませんか・・・

惚れ惚れするサモンフック パートリッジ社 バートリート

チョット太軸のCS10/2  #2

スリムに巻いて沈下速度を上げるには最適・・・

見れば見るほど・・・(笑)

荒川鮭用となれば

季節外れの話題で申し訳ございません・・・

フライフックも、理想と現実の狭間は悩ましい

なんて我儘放題・・・(笑)


本流テンカラ 延べ竿5.4m 両手持ち・・・最適な動画がアップされていました

蜉蝣の毛鉤

フライのハックルは虫の飛翔する羽根、和毛鉤の蓑毛は虫の足とは感じているけど例外はあるもので・・・(笑)

必釣毛鉤として「雀毛鉤」とか古くはツグミ等、利用されて来ています

その雀毛鉤に使われるのは、雀のウィングフェザー・・・

裏側は・・・

外弁を取り去って下拵え・・・

ウィングフェザーとは言え、ストークはインディアンコック程度です・・・

正面から・・・

根元がダークダン、毛先に向けてサンディダン、裏側は艶が有ります

和毛鉤の蓑毛で飛翔する虫の羽根には烏の柔毛ですとか・・・

鈎はフライフックで#15ですから小型の毛鉤を巻く場合、それに対応できる鶏の羽根が手に入れにくい為、カナリヤの毛とか、古くはヒワの黄毛とか利用されて来ています・・・

芯黒先黒が珍重されたのも一因はこの辺にも有りそうです

今迄、県外への釣行は自粛していましたが、行動制限緩和となりましたので今年は「新潟県内水面遊漁承認証」も解禁に合わせて用意しましたし、愉しみな一年にしたいと思います

今年から腕章無しで、蛍光ピンクのフォルダーだけになってしまいましたので、ちょっと心配では有ります・・・(笑)

K.H-T・・・蚊頭針てんからVr

先記事に掲載したその「謎のテンカラ毛鉤」・・・

蚊頭針の「歌姫」なんですが・・・

多摩川グランドに来ていた釣好きの超大物選手とかマラソンで有名な選手のコーチらがその背景に居たから有名になったのですが、釣雑誌にも度々、掲載されていたにもかかわらず謎のまま、それが却って不思議な話でした

当時はまだまだ蚊頭針の製造が盛んだったはずなのに何故か「謎のテンカラ毛鉤」のまま、時の流れに消えていきました

各地の漁具製造卸会社が作って販売していた蚊頭針が、テンカラの魔法をかけた途端に謎になってしまう不思議?

それをバーブレスフックに巻き替えて・・・

蚊頭針の「白雪」をアレンジして・・・

他にも蚊頭針は参考に出来るパターンが盛り沢山有ります・・・(笑)

「双葉」をソフトハックル風にアレンジしたり・・・

古い型の「蛍」にスロートハックルを付けたり・・・

数々のパターンを使わないのは勿体ない話しです

名前が素敵な「清姫」・・・

黒蓑毛にしてもまだまだ沢山出てまいります・・・

———————————– 数年前にも・・・

「これが幻の毛鉤「蜂頭」だ!」なんてお題目で釣雑誌に掲載された毛鉤は見ている此方が恥ずかしくなるような「斬新で奇抜」な毛鉤が「蜂頭」と名付けられていました・・・

拙ブログでその実写である写真と共に作例を載せて暫くしたら「現代蜂頭」と名前を変えて、又掲載されていたのです・・・だって「幻の蜂頭はこれだ」としたまま、それを何故か「現代蜂頭」ですからね

事も有ろうにそのテンカラマスターなる人物は拙ブログの2009年2月に掲載した剣羽根毛鉤の巻き方を丸写しでご自身のブログに掲載して「綺麗に巻ける」とされた方、それも自称なのか、剣羽根マスターとも言われていたような・・・(笑)

丸パクリでも良いのですけど、あれだけ「丈夫に巻ける」と説明していたのに何を勘違いしたのか「綺麗に巻ける」ですからなお一層、呆れました

・・・(外観だけ真似ても本意は判らない典型的な話ですね)

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テンカラ毛鉤は「質素で、地味で何も無い山間僻地で間に合わせの物から作られたもの」なんて事を声高に言われていたのです

酷い言われ方ですが「貧租」とまで・・・

だから「ズボラな毛鉤論」なんてのも主流になっていたのですが、その山間僻地に住んで居る身からしたら・・・「昭和時代の都市部から田舎を見たそのもの」

・・・「田舎者」なんて言葉が普通にどこでも使われていました

マタギ論が落ち着いたとたんに、持て囃されたのが各地の伝承毛鉤なり伝統毛鉤

職漁なんて言葉が作り出され、使っていたとする毛鉤が「職漁師毛鉤」

・・・「職」も「漁」も同じく糊口を得る為の言葉を、敢えて二段重ねの強調表示ですからね(笑)、

山漁師の毛鉤で良いと思うのですが、対する川漁師の毛鉤では何か不都合があるのでしょうか?、それとも何かと「謎」とか「幻」の方が都合よかったのでしょうか?

最たるものは、有名になった「逆さ毛鉤」でしょう・・・

有名になった途端、あっという間に全国各地で古くから使われていたとする、その逆さ毛鉤なるものが現れる

呆れた話です、60年程前に初めて紹介された当時は、奇妙で不細工とされあんな毛鉤じゃ等と否定的に言われていた毛鉤型ですからね、、

不思議な話、本の名前は当時「右田の逆さ毛鉤」で出て居たものが、復刻された途端「正統テンカラ逆さ毛鉤」

・・・テンカラ毛鉤とすら認めていなかったのでしょうねと、ひねくれ者は考えてしまいます(笑)、、、

付記 —————–

「白雪」の胴巻きに巻いた絹糸はウェットフライやストリーマー等(サモンフライもとは言えません)のアンダーラッピングに使っている絹糸・・・

絹100% のミシン糸50番 白色 

これが紫外線ライトを当てると・・・

見事にUVスレッド並に輝きます・・・(笑)

先程の「白雪」も同じく光ります・・・白色の発色剤として蛍光剤が使われていました(笑)

昔の伝説的なマテリアルを数々試してみると・・・

たしかジャングルコックは紫外線を良く反射してなんて言葉が有ったような・・・(笑)

100均で買えるような紫外線ライトでこれだけ愉しめるとは思いもしませんでした、ありがとうございました。

K.K-T・・・京毛鉤-てんからVr

京毛鉤は「黄毛」に始まり蚊頭針から鮎毛鉤、サモンフライとも思えるゲタハス用毛鉤等、様々な毛鉤が製造されていたのです

GBプリンスニンフとの比較は如何ですか?

花入、朱絹糸 黄角 胴、マコー 元巻、孔雀 蓑毛、クリー 追毛、レッドマコー

マコーのリブが立って綺麗ですがこれが魚の眼から見たらどうなるかは紫外線ライトを当てると強調されて人間の眼にも・・・

鮎毛鉤にもフェザーウィングサモンにも使われていた、追毛のマコーときたら、流れに揉まれてそれこそ・・・

この小型版で鮎釣りをしたのですが山女魚の反応が良すぎて難儀しました・・・

蚊頭針のてんからVrは、蚊頭針の存在そのものを知らず、また否定的なテンカラマスターによって使われてもいました、その基が蚊頭針に有ったとしても「謎のテンカラ毛鉤」として使われて来たのは、皮肉な話です・・・(笑)

「あたりが一番暗くなるのは、いつも夜明け前と決まっている。悪さするにはもってこいだ。」

一つのジョークなんですけど、何故かテンカラ菱明期に似合いそうと感じてしまうのは・・・(笑)

H.H-T・・・二重巻き毛鉤

汎用性が高く、水中でホバー状態となるので扱い方による自由度が高い・・・二重蓑毛、二重巻き毛鉤

フロントハックルはブラウンパートリッジ、セカンドハックルはコックネック

英国パターンの初期型ドライフライ、マーチブラウンを少しソフトハックルフライに近づけた毛鉤

マーチブラウンは、サーモンフライからウェットフライ、勿論ドライフライにここではテンカラバージョン迄という・・・・(笑)

非常に汎用性が高い色で纏め上げられているのは山岳渓流でも使い易く、黒胴に銀線荒巻き、ブラックぺネルタイプまでこの二重蓑毛式にするとほぼ、万能型

元々、ドライフライですからフライドラヤーキャストとかフォルスキャストで毛鉤の水気を飛ばせば、テンカラでポイント表面を狙う場合の、3m程度なら沈みにくいし、その後、落ち込みに飲まれて沈んでも渓魚を惹きつける力が有ります

前記事をご覧いただければ、それこそ沢山のバリエーションが出てまいります

十数年前の話ですけど「テンカラはマタギから」と言う説が席巻しておりまして、海外に広まりつつあった「TENKARA愛好家」がその説を信じて秋山郷まで来ていた事が有りました

当時、海外の出来上がりつつあったその「テンカラフォーラム」に参加しておりましたので、その説は些か史実と違うと意見を述べたところ猛反発を頂きました

そこで初めて「テンカラ純粋主義者」の存在を知ったのですが新興宗教団体の様と言えば、語弊があるかもしれませんけど、「師と仰ぐテンカラマスターの教えに間違いは無い」から始まり、ここで田舎の素人がとか、FF釣法も知らないくせに等とそれはそれは猛反発・・・

「テンカラ」の言葉が取り上げられたのは木曽地域に、元々ある釣りの名前から「全国各地の毛鉤釣りを総称して、以後、テンカラ釣りとする」としたのが始まりと説明していたのですがご理解が得られず、熱心な方とは、夜から始まり翌朝まで、一旦休憩して又、夜までチャット討論・・・(笑)

・・・てんからと名付けられた釣り方法は場所により「テンガラ」も有ります

日本海側各地で行われていた釣法である元々の「てんから」の名称が、釣針製造を奨励し鮎毛鉤製造で有名になった加賀藩から木曽に伝わったと考える方がごく自然の成り行き

加賀藩の参勤交代は木曽路にあり、その街道筋には加賀藩からの寄進も数々有ったほど・・・木曽に突然「テンカラ」の言葉が生まれたとは都合よすぎます(笑)

「テンカラ」の名を全国区にした方は、「撥蛇」と言われていた地域名称の蛇を「ツチノコ」と名付けて全国区にした方ですからね・・・(笑)

その言葉を基に、「テンカラ」は関西方面から全国区になるわけですけど当初は「カゲロウの釣り」でしたよね

いつの間にやら、それが「マタギ」に変わり、つい最近まで造語の「職漁師」、今はどうなったのでしょう

席巻していた「マタギ」はいつの間にやら、どこに行ってしまったのでしょうね、今も信じている方がいらっしゃるのかしら?

その当時、マタギ衆は集団狩猟が主で渓魚を獲るにもヤス・網等を主に使っていたとか、話の出処である秋山郷集落に、婿に入ったマタギ衆も確かに居たけれど天明の飢饉に始まり、其の三年後の飢饉により秋山郷集落の前身である大秋山集落は、集落そのものが壊滅し新たな入居者により今の秋山郷集落が始まった等、文化史、地方史にもその記述があると説明したのですけど「田舎の素人」の話は最後までご理解いただけませんでした

マタギ衆が諸国往来を認められていたのはタテと矛の時代まで、その後の越境狩猟となれば今と同じく、数々の制約が伴う

その他、山間部で生きていたのは木地屋集団に関西方面のサンガ集団、その前には落人、ただその方々を受け入れる各地の元々の集落がなければ生きていくことすらままならない

釣針製造は京の都から、応仁の乱でその職人が安住の里を求めて各地に生き延びそこで文化が広まった、そこには公家文化で楽しまれた「遊猟の釣り」である毛鉤で魚を釣る文化も伴ったと考えるのが自然なんですけどね

山で生きていくその知恵とか手段方法等、それも他地域のその情報を伝播する役割はその「マタギ衆」が大きな役割を持っていた事は確かなこと、でもそれ以上に各地に住む者同士の「山間通信」はそれ以上の役割を果たしていたと思われるし行商人等の情報は伴う商品によってもっと実利的であったと思うのです

・・・毛鉤は京の都から全国に広まった、その毛鉤は蚊頭針に在るなんてね笑)

「田舎の素人」の件は確かにそうですから否定も出来ないのですが、好きな「FF釣法」まで知らないくせにと言われたのが悔しくて・・・

でも「その師と仰ぐテンカラマスター様はFF釣法を嗜しまれていらっしゃったかしら」と言えない自分の語学力の無さが情けない・・・(笑)

D.H-T・・・二段毛鉤

里川に目を向けますと通称「段毛鉤」が出てまいります・・・

こちらは蚊頭針の「蛍」パターンで巻いています

レネゲイドと外観は似ていますがハックルの巻き方はフライで言う英式(アイ側にハックルの表側)で、これも薄く巻きます

拙が感じている「フライと毛鉤」の違いはハックルは虫が飛翔する羽根であり蓑毛は虫の足ではないかと・・・

和毛鉤の各部名称もフライとは逆の方向ですし、手道具でも「押して切る、削る、研ぐ」を「引いて切る、削る、研ぐ」の違いが有りますので、外観は似ていても根本的な違いが有ります

あの時代に、今のフライマテリアルとタイイングツールが有れば和毛鉤はどんな形に変わっていったのだろうと思います

もし有れば・・・鵜の柔毛を小型の毛鉤に出来たでしょうし

段毛鉤でも「イナゴ」を模したホッパーパターンなんてのも・・・(笑)

前にこのパターンを紹介した時、このハックル何?とよく聞かれました

・・・ゴールデンフェザントのティペットなんですが忘れられていたんですね

ニュージーランドではグリーンボディにティペットをハックルにした「グリーン・ホッパー」と言うパターンが残っているのです

拙も知らなかったのですがニュージーランド釣行の友人用に現地のフライパターンを調べたら出てきて驚きました

私にとっては遠く極東の地より、彼の地の御大、ケルソン氏が巻かれていた、サモンフライに思いを寄せていたんですけどね・・・(笑)

そうはいっても拙の釣場は・・・

こんな所を釣るには登りきるか、退渓点を登るしかありませんから上流に向かって一方通行です・・・(笑)

日本に無くてイタリヤのバルセジアーナに有る不思議・・・(笑)

これを見た某氏がこれは,テンカラではない、木の竿だから違うと言う・・・?

ご自身が推奨する竿とラインで無いからかもと思ってしまう

あれだけ蚊頭針の釣り方を否定する割に、行っている事は、流し毛鉤式がテンカラとされる不思議

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写真の中に、当時の毛鉤釣り仕掛けが出てまいります、ご参考になれば幸いです

源流域とは言っても半歩前に出るか、半歩後に下がるかで岩魚の出方が変わります、勿論のこと、毛鉤が合わなければ岩魚を見る事すら出来ません

昨日の自分と釣り競う場合も有れば、自分が巻いた毛鉤を使う仲間が、目の前で竿を振ってもいるのです・・・(笑)

「岩魚は川の蛆」とさえ言われていた時代の名残りが、まだ随所に残っていたのですけどね

向かう釣場が違えば、釣方も釣り道具も、使う毛鉤も違って当然のこと、でもね昔の山漁の舞台は今も変わっていません

山漁毛鉤で使われたハックル

芯黒先黒については、以前もご説明申し上げていますので現物を・・・

フライマテリアルで言う、コッキーボンデュです、養鶏場で大量飼育の前は農家の庭先で名前の通り「庭の鳥」でしたし、各地方で様々な「地鶏」が飼われていました

他には黒毛の雄鶏とか芯黒先黒に斑紋が入った胡麻、日本のブルーダンである「萌葱色の鶏」・・・優れたゲームコックである軍鶏は特別な存在でした

搬出湾にちなみ「YOKOHAMA」と名付けられ、英国にてゲームコックとの交配が行われ、新たなハックルを生産されてもいます

古い「蚊頭針」には五色毛と呼ばれる「クリー」も使われていました

P.H-T・・・パーマーハックル毛鉤

中部山岳地方の各地に多く見られる山漁毛鉤をアレンジして「パーマーハックル・てんから毛鉤」でも・・・(笑)

(この頃、○○ーTと付けているのは、フライパターンと和毛鉤パターンの対比を考えて頂ければとの思いも有ります)

英米フライパターンにも、和毛鉤パターンにも有るパーマーハックルは、突き詰めると違いが出てきて興味深い話が出てくるのですが今回はパターン紹介に留めます

使う鈎は・・・お好みのバーブレスフックを毛鉤保護の為にも、お勧めします

和毛鉤のバランスで巻いてみました、胴はハックルのストーク保護のため薄くゼンマイを巻いています

バイビジブルに見られる様なハイフロート状態のためでなく、水面のディンプル効果とか沈んだ場合の存在感を現す為ですから3回転半くらいで薄く巻いています

青紫?赤紫?毛鉤もこのパターンで、ハックルは薄いハニーで巻きました・・・

紫外線ライトの反射では違いが有るのですけどね・・・(笑)

羊の群れとボーダーコリー

ドックランで良く逢う二頭のボーダーコリー、落ち着いた6歳と、躾真っ最中の7カ月の子

ボーダーコリーを見ると、牧場で羊の群れを纏め上げる姿が目に浮かぶ、光景としては素晴らしいし犬好きには堪らない、飼主の動作とアイコンタクトを受けて動く能力は清々しくも有る

斜に見てしまう癖のある拙には、人間の流行なんて所詮この類のもんだと思ってもいる

「新鮮な喜びと感動」は常套文句

数えきれない程のフライが発表され、その内の幾つかは流行し、いつの間にやら消え去っていくのを何回見ているのだろう

それも同じコンセプトの繰り返し、それを新パターンとかオリジナルと美辞麗句を織り交ぜて繰り返す様まで同じ

テンカラ毛鉤なんぞ、その美辞麗句に「一子相伝」とか「幻」とか迄、取り付ける

当初、奇妙で不様とされた「逆さ毛鉤」すら、流行れば現れるのは「各地に残るその伝承逆さ毛鉤」

たかだか60年程前の話なのに、余りにも手口が幼稚、それこそ不様、恥の意識すらない

海外のフライ愛好家とフライの話をしていると出てくるのが「爺様とか親父がそのパターンを好きで良く巻いていた、使っていた」

フライボックスに残るそのフライを拝見していると文化の違いを痛切に感じ、その積み重ねの豊かさを羨ましくも感じる

その積み重ねられたFF釣法だからこそ、その時代の釣り道具を使いフライを愉しむなんて事も出来る

なんと贅沢な遊びだろう

でもその時代だってその当時は最新鋭の素材と素材の組合せ、使われるフライも同じ

判り切った事を長々と書いてはいるけど判り切っていながら、久方振りに巻いたロイヤルコーチマンを見て思ってしまう・・・

紹介された当時のイラスト画のバランスで巻きました・・・(笑)

英国パターンのコーチマンから生を受けたロイヤルコーチマン、当たり前の話だけれど、それならば和毛鉤も同じく歴史を繋いでいるし、各地に残る本来の伝統毛鉤の存在も有った筈

何故、和毛鉤にはそのコーチマンからロイヤルコーチマンへの変化が無かったのだろう

ボーダーコリーの才能とか誤りも有るのだろうけど、管理する飼主の方向づけがそもそも浅はかだった

だからテンカラにフライを使うとは成らないけれど、フライの世界には群れを楽しみながら見守るボーダーコリーに注文を付け、飼主には意見を述べる、自浄作用もある愛好家の群れだからこそ積み重ねが財産にもなっている

心底、羨ましい

日本にもその積み重ねが有った  富士弘道氏 富士流逆さ毛鉤・・・

古くは鈴木魚心氏による「魚心毛鉤」、和毛鉤の作成方法を含めて残そうとされた毛鉤研究会の活動等・・・

でも鮎の食性研究後、既存の鮎毛鉤を研究し作り出された「福富針」は、となれば有った事すら残らない

芋虫毛鉤に生を受けた身なればこそ・・・

有る物はそのままに、無い物は資料を集めて、残していこう

それらが日本を離れ米国キャッツキル博物館に渡ったとしても、和毛鉤にとっては、名誉なことと思います